「『技能実習』をめぐる『建前』と『現実』の矛盾が、ここにきて限界に達した」と語る望月優大氏

昨年12月に法案が成立し、この4月から施行された「改正出入国管理法」。新たに「特定技能1号・2号」という在留資格を設け、これまで表向きは否定されてきた非熟練の外国人労働者の受け入れにも門戸を開く今回の法改正は、果たして「日本の移民開国」を意味する転換点なのか?

ウェブマガジン『ニッポン複雑紀行』の編集長で、『ふたつの日本 「移民国家」の建前と現実』を3月に上梓(じょうし)したばかりの望月優大(もちづき・ひろき)氏に話を聞いた。

* * *

──「外国人労働者の受け入れ拡大」で注目される入管法改正ですが、現実にはすでに日本の人口の2%を超える外国人が、日本で暮らしているという事実にまず驚きました。

望月 昨年12月の国会でこの問題が議論されていたときに気になっていたのは、賛成派も反対派も議論が局所的になりがちで、日本で暮らす外国人の現状やこれまでの経緯などを含めた「全体像」が欠けているように見えたことでした。

それに多くの人たちは、今回の法改正を「日本の移民開国」とか「移民政策の大転換点」と見ていて、そうした変化は「これから起こること」としてとらえていたと思います。

しかし、元号が昭和から平成に変わった前後、つまり今から30年ほど前から日本で暮らす外国人の数は増え続けています。現在、日本で永住資格を持つ外国人の数は100万人以上で、留学生や技能実習生なども加えた「在留外国人」の数は260万人を超え、日本の総人口の2%を超えています。

日本の移民問題を議論する上で、まずはわれわれが「日本で暮らす外国人たち」の現実を見つめ、その全体像を共有することが大事なベースになります。それが、この本を書いた動機のひとつです。

──日本の移民をめぐる「変化」は、今から約30年前に始まっていたということですね。

望月 その変化は在留外国人の「数」だけではありません。例えば、約30年前に永住資格を持っていた外国人の多くはいわゆる「在日コリアン」の人たちでしたが、今では韓国籍の方は全体の2割を切っています。

現在、永住資格を持つ外国人の8割以上は、アジア諸国や南米などから来た「ニューカマー」と呼ばれる人たちです。

そうなった理由は、日本が外国人労働者へのドアを少しずつ開けてきたからにほかなりません。1989年の入管法改正でブラジルを中心に、日系のルーツを持つ外国人に在留資格を与えたのを皮切りに、「興行」や「技能実習」など新たな制度や在留資格が設けられるたびに、日本で暮らす外国人も増え続けてきたという歴史があるのです。

──すでに多くの外国人が日本で暮らしているのだとすれば、入管法改正にはどんな意図が?

望月 新たに「特定技能1号・2号」という、就労目的の在留資格が設けられましたが、その理由のひとつを端的に言えば、「技能実習」をめぐる「建前」と「現実」の矛盾が、ここにきて限界に達したからだと思います。

もともとは文字どおり、発展途上国の人たちにさまざまな研修を行なう「インターン」のようなものだった「技能実習」という制度が、いつしか「安価な外国人労働者を地方の中小企業や農家などに供給する仕組み」へと変質してしまった。

表向きの「建前」は技能実習生ですから、彼らを日本で何年も働かせ続けるわけにはいきません。当初1年だった実習生の在留期限も、今は5年まで延長されていますが、さすがにこれ以上延長することは難しい。

そこで長く働いてくれる安価な外国人労働者を求める現場の「本音」に合わせる形で、研修ではなく「労働目的」の新たな在留資格として「特定技能」が設けられました。

ただし、実際にどのような業種を対象とするのかなど、具体的なことは法律には記されていません。政府は国会の承認なしに制度の詳細を決めることができてしまいます。

──技能実習生の扱いについては、昨年末の国会でも多くの問題点が指摘されました。

望月 技能実習生には転職の自由もなく、ブラックな労働を強いる企業から逃げられないケースや、賃金の一部を「強制貯金」という形で雇い主に押さえられてしまうなど、実際にさまざまな問題が起きています。

今回設けられることになった「特定技能」では、転職の権利が認められることになっていますが、問題なのはそれが「本当に可能なのか」という実効性の部分です。

技能実習生への不当な扱いを根本的に解決できないままに放置してきた日本政府に、特定技能の場合には外国人労働者の権利をしっかり保障する能力があると考えていいのか、大きな疑問が残りますね。

──今後も当然、外国人労働者がどんどん増えるなかで、どんな点を心配されていますか?

望月 安倍首相は、安い労働力を求める経済界や産業界の声に応えて、外国人労働者の受け入れ拡大に踏み切ったわけですが、一貫して「これは移民政策ではない」と主張しています。

これは、移民受け入れに批判的な右派・保守層を意識してのことでしょう。しかし、今後も労働者として日本に多くの外国人を受け入れることにしておきながら、一方では「日本に移民は存在しない」と国民の目を現実からそらすことで、移民をめぐる「建前」と「現実」のギャップがさらに拡大していくことを心配しています。

移民という言葉の定義はさまざまですが、移民から「人間」という要素を省略することなどできません。

近い将来、在留外国人が300万人を超える時代がやって来ます。そのとき日本で暮らす、多くの外国人や外国にルーツを持つ人たちが「人間らしく」生きられるためには、日本社会が今起きている現実を直視する必要があります。

また、「日本は移民を受け入れない」という「建前」を信じ続ける人たちが、いずれ「外国人が増え続けているという現実」に直面したとき、それをきっかけに世界各地で今起きているような「排外的な感情」が広がり、文化・宗教の違いによる差別や偏見がこれまで以上に大きくなる可能性を危惧します。

本当は社会の多様性を対立ではなく、新たな可能性へとつなげてゆく道があるはずです。そのためにも私たちは「移民」という現実から目を背けず、大きく変わりつつある日本の姿を直視する覚悟が必要なのだと思います。

●望月優大(もちづき・ひろき)
1985年生まれ。日本の移民文化・移民事情を伝えるウェブマガジン『ニッポン複雑紀行』編集長。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了後、経済産業省、グーグル、スマートニュースなどを経て2017年冬に独立。国内外で移民・難民問題を中心にさまざまな社会問題を取材し、『現代ビジネス』や『ニューズウィーク日本版』などの雑誌やウェブ媒体に寄稿。代表を務める株式会社コモンセンスでは非営利団体などへの支援にも携わっている

■『ふたつの日本 「移民国家」の建前と現実』
(講談社現代新書 840円+税)
新たな在留資格を設ける「改正出入国管理法」が4月から施行され、外国人労働者の受け入れ拡大に踏み切った日本。しかし、現在すでに260万人超の在留外国人を抱え、その割合は人口の2%に迫る勢いだ。そのなかで「永住者」や「特別永住者」の在留資格を持つ外国人は100万人を超え、彼らを「移民」と呼ぶか否かにかかわらず、日本で長く暮らし、永住権を取得する外国人は確実に増えている。その現実を直視することで見えてくるものとは?

★『“本”人襲撃!』は毎週火曜日更新!★