金融庁が何げなく公表した資料、通称「老後2000万円報告書」が世間を騒がしている。「定年までにそんな大金をためろって!? ムリ!」といった批判と悲鳴が続出。与党・自民党は大慌てで火消しに走っている。
『週刊プレイボーイ』では、現在この問題を徹底追及中。6月24日発売の『週刊プレイボーイ26号』では、「働く男たちのための『老後2000万円不足問題』サバイバル術」として9ページの大特集を組んでいる。
果たして今、永田町では何が起きているのか? そして日本の年金はどうなるのか? まずは、"そもそも"の疑問に迫ります。
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■「老後2000万円」の報告書を出した金融庁の意図は?
定年退職を迎えた夫婦(夫65歳以上、妻60歳以上)が生活レベルを維持して、95歳まで生きるなら、年金にプラスして2000万円が必要――そう書かれた金融庁の報告書に、日本が揺れている。
その報告書とは6月3日に金融審議委員会ワーキンググループが作成した「高齢社会における資産形成・管理」と題された資料のこと。
金融庁を所管する麻生太郎財務大臣は、同報告書について当初は肯定的な発言をしたが、世論の反発を見ると撤回。さらには「政府とスタンスが違う」として、この報告書を受理しない方針を示し、存在そのものまで否定した。
では、この報告書はどういう意図で公表されたものなのか? 自民党関係者がこう答える。
「もともと金融審議委員会は、貯金に偏りがちな日本の家計に投資を勧めるために、この資料を作っていたんです。だから、そもそも年金制度をどうするかなどという問題意識で作られたものではない。それは審議会の名簿を見れば一目瞭然で、委員やオブザーバーの4割は銀行や証券など、投資・金融畑の人で占められています」
明治大学准教授で経済学者の飯田泰之氏は苦笑する。
「まず考えたいのは『2000万円が足りない』の根拠は何か。報告書を読むと、それは2017年の家計調査の中にある高齢夫婦無職世帯の収入と支出というデータです。『老後は2000万円の貯蓄が必要』は、そのデータに書かれてある毎月の平均支出(約26万円)から年金などの平均収入(約21万)を引いた額である5.5万円に、360ヵ月(30年)をかけた数字(1980万)を基にしています。
しかし、このデータは『老後の生活に必要な額』と関係がありません。退職後の高齢者の場合、支出額は"どのくらい資産を持っているか"によって決まるので、このデータから読み取れるのは『高齢者世帯は(平均すると)月26万円を支出できるくらいの収入と蓄えがある』ということのみなんです」
さらに飯田氏は、報告書のデータがあくまで「平均値」を基に算出されていることに苦言を呈す。
「資産額は、平均値で測ると一般的な世帯の額よりも高く出る。資産の下限は0円。しかし、資産の上限は青天井。それらを一緒くたにして平均を出せば、莫大(ばくだい)な資産を持つ富裕層によって、金額は大きく引き上げられてしまいます。
本来なら、資産の多い順から並べてちょうど真ん中の順位の値、つまり中央値で出さないといけない。実際、前述の家計調査において、高齢者の資産額の中央値は700万円でした。こちらが一般的な資産額の実感に近い値でしょう。
なのに、金融庁は2000万円という老後に必要な資金とは関係のない数字を出して不安を煽(あお)り、投資を勧めている。これは、投資業界ではおなじみの営業手法です。今回の報告は普及率2%前後に低迷している『つみたてNISA』や『iDeCo(イデコ/個人型確定拠出年金)』といった個人年金制度への加入を促したい金融庁の勇み足でしょう」
ただ、報告書の公表の時点では金融庁も麻生財務相も「貯蓄から投資への転換」を国民に勧めているだけで、大きな政治問題に発展するとは考えていなかったはずだ。
「報告公表の翌日、麻生さんはぶら下がり取材で『100まで生きる前提で退職金って考えたことあるか? きちんとしたものを今のうちから考えておかないかんのですよ』と得意げに答えていましたが、そのときは自分も金融担当相として営業トークをしているくらいの感覚だったのでは? ところが、年金不安を煽る結果になり、大炎上してしまいました」(前出・自民党関係者)
■なぜ自民党は「報告書」の受理を拒否しているの?
このポカに自民党が慌てるのも無理はない。何せ、安倍政権にとって年金問題は鬼門。07年の参院選で自民党が惨敗し、安倍首相がわずか1年で政権を放り出す羽目になったのも、「消えた年金記録問題」がきっかけだった。
その悪夢の再現を防ごうと、自民党が金融庁の報告書そのものを否定したのは前述のとおり。政治評論家の鈴木哲夫氏がこうあきれる。
「金融審議会は首相の諮問機関。政府が報告の作成を求めておきながら、受け取らないなんて前代未聞。そして野党が国会で審議を求めても絶対に応じない。そうして国会を閉じておき、G20の首脳間交流やイラン訪問で外交の成果をアピールしておけば、参院選まで1ヵ月以上もあるので、そのうちに国民の怒りも下火になるだろうと計算しているのです」
ジャーナリストの川村晃司氏も言う。
「直近の自民党調査で内閣支持率は堅調、参院選でも目減りする議席は1桁台、というデータが出ました。これなら公明の議席と合わせて改選過半数(63議席)を超えるのは確実。今回の報告書による悪影響が出ても、せいぜい数議席減にとどまるのでは? と、自民党内ではささやかれています」
■野党の追及は期待できる?
一方の野党はというと、「自民党は、『年金は100年安心』と国民にウソをついた!」と批判のトーンを強めている。時事通信の報道によると、立憲民主党の幹部は、この問題を「(参院選の)最大の争点にする」と話しているようだ。しかし、前出の自民党関係者は野党の気勢に疑いの目を向ける。
「野党関係者と話していると、彼らの本音として『年金問題の本格的な議論は選挙後に先送りしたい』というムードを感じます。野党は、どの党もこれといった年金改革の代案がありませんし、へたに会期を延長して、安倍首相から『だったら、与野党のどちらの年金改革案がよいか、衆院を解散して国民に信を問おう』と開き直られたら困りますから。
衆参ダブル選になれば、選挙準備ができていない野党は間違いなく大敗北するでしょう」(前出・自民党関係者)
野党の追及には期待しないほうがよさそうだ。
ただ、最近の自民党は勝手に自爆しがちなのも事実。
前出の鈴木氏はこう話す。
「二階俊博幹事長は『報告書の撤回を金融庁に求める』と発言しましたが、彼は撤回要求の理由として、『われわれは選挙を控えているわけですからね』と口走ってしまった。堅調な支持率を前にして、明らかに気が緩んでいます」
鈴木氏はこうした自民党の稚拙な対応が続くことで、内閣支持率が急落するようなことになれば、いったんは衆参同日選の見送りを決めた安倍首相が翻意して、再びダブル選へと打って出るシナリオもありえると言う。
「今回の年金問題で支持率が落ち、参院選での善戦予測が怪しくなったら、どうなるかわかりません。劣勢をはね返そうと、安倍首相が土壇場で衆院を解散し、衆参ダブル選になる可能性もある」
■報告書を「なかったこと」にしていいの?
最後に、『投資信託 失敗の教訓』の著者で、資産運用のスペシャリストである福田猛氏はこう話す。
「金融庁の報告書には退職金が『ピーク時から約3、4割程度減少し、今後も減少傾向が続く可能性がある』と書かれています。そして、だからこそ今後は個人での資産運用が大切で、それに合わせた金融サービスのあり方を考え直さなければならない、というのが報告書の趣旨。それは、資産運用に関わる者からすれば、ごもっともな話です。
報告書にはほかにも重要な情報が多く書かれていましたが、『2000万円』ばかりがクローズアップされ、ついには『なかったこと』になりつつあるのは、とても残念です」
金融庁の報告書は、「2000万」という数字に関しては眉唾かもしれない。だが、「年金制度はもうムリ」という公然の秘密について、初めて日本全体で向き合うきっかけになりえたはずだ。だが、現状は単なる"政争の具"にしか見えない。あんたら、年金のこと、本当に本気で、どうにかしなきゃって考えているの?