『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、野党が「最低賃金引き上げ」を参院選の争点にすることのリスクを指摘する。

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夏の参院選を前に、野党が年金問題、消費増税、最低賃金といったテーマを争点化させようとしている。

金融庁の「老後資金2000万円不足」報告書で、国民の間に年金制度はこのままで大丈夫なのかと不安が高まっている。10月に予定されている消費増税にも反対の声が根強い。

収入増につながる最低賃金引き上げと3点セットで争点化し、安倍政権との違いを国民にアピールすることで野党は選挙戦を有利に進めたいのだろう。

だが、野党の計算どおりに国民が反応する保証はない。むしろ、逆効果になるリスクさえあると、私は危ぶんでいる。

例えば、最低賃金問題。立憲民主党は5年以内に全国一律1300円を実現すると公約している。山本太郎参院議員率いるれいわ新選組に至っては、1500円だ。

全国の最低賃金は平均で874円ほど。ただ、都道府県によってバラつきがあり、最低の鹿児島県は761円だ。このケースだと、立憲の公約を実現するためには539円、れいわ新選組だと739円も引き上げないといけない。

最低賃金引き上げのためには企業は設備投資や人材育成を行なって企業収益を高めるなど、生産性を大幅にアップする必要がある。だが、それは短時間でやれることではない。

野党の公約のように5年程度で大幅に最低賃金を引き上げるなら、企業の努力では足りず、政府が巨額の補助金を企業に給付する必要があるはずだ。

一方、政権与党である自公は2020年代前半までに全国一律1000円を目指すとしている。こちらだと公約達成までに鹿児島県で239円、全国1位の東京都(985円)ではあと15円上げるだけでよい。

確かに「最低賃金を上げ、収入を増やします!」と言われれば、悪い気持ちはしないだろう。しかし、それも程度問題だ。一挙に1300円や1500円に引き上げるとなると、「本当にできるのか? 票目当ての人気取りにすぎないのでは?」と、国民は逆に首をひねってしまうことだろう。

特に、来年4月には中小企業にも改正労働基準法が適用され、厳格な残業規制がかかる。それをクリアするだけでも大変なのに、さらに急激な賃上げを強いられれば、採用を控え、さらには倒産も続出するだろう。

現に、2年で25%以上最低賃金を引き上げた韓国は、失業増加と景気低迷に苦しんでいる。そう考えると、自公の「一律1000円」のほうがより現実的な公約に見えてくる。

この失われた30年間で、日本の国際競争力は失われ、ひとり当たりのGDPも世界26位(2018年)にまで低下した。今、国民の多くは日本が成長のシナリオを描けないままジリ貧になり、その結果、年金も福祉も崩壊するのではと不安に思っている。

その不安に応えるはずのアベノミクスだったが、6年たっても成果が出ない。アベノミクス最大の弱点は、実は成長戦略である。安倍政権に疑問を持ち始めた国民が渇望しているのは、「日本沈没の不安」を解消する新たなストーリーだ。改憲反対や格差解消のアピールだけでは、野党は政権を奪取できない。

本当に参院選に勝利したければ、野党は今こそ単なるバラマキではない斬新な成長戦略を掲げて選挙を戦うべきである。

●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中

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