あの政治家はどういう考え方で、どんなビジョンを持っているのか。日常のニュースを見ていても、いまいちわからない。
そんなモヤモヤに答えてくれるのが、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院の中島岳志教授の新著『自民党 価値とリスクのマトリクス』だ。
自民党の有力政治家9人の著作やインタビューなどを徹底的に読み込み、各政治家の思想的特徴を「価値」と「リスク」に分類して分析。ニュースからはわからない自民党の「今」を浮き彫りにする。中島氏に聞いた。
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──政治家の特徴を「価値」(x軸)と「リスク」(y軸)というふたつの基準で読み解くアイデアはどこから?
中島 政治の仕事は、主に「お金」と「価値」のふたつの問題に大きく分類できると考えています。
お金の問題とは、端的に言えば国民から税金として集めたお金を公共工事に使ったり、あるいは社会保障として弱者の救済に充てたりといったお金の出し入れのことです。いわゆる富の再配分で、これが政治の重要な仕事のひとつです。
ただ、その規模については、政治家によって考え方が違います。それを「リスクの個人化」と「リスクの社会化」に分けることができます。
──個人化と社会化ですか?
中島 例えば、人間誰でも思いも寄らない病気になるリスクがあります。あるいは、ある日突然、仕事や生活の基盤を失うことだってあるかもしれない。
そうしたリスクに対して、「個人化」というのは「基本的には自分でやってくださいね」という自己責任型の考え方です。その場合、税金はそんなに取らないけれど、サービスはあまりしませんよという「小さな政府型」になっていきます。
逆に「社会化」というのは、個人のリスクを社会全体で分散してカバーしましょうという考え方です。税金はある程度必要になるけど、その代わり社会保障などのセーフティネットを強化しましょうということで「大きな政府型」といえます。
政治家の基本的なスタンスを理解する上で、その人がリスクの個人化を志向するのか、あるいはリスクの社会化を志向するのかは、ひとつの重要な指標になると思います。
──もうひとつの「価値」に関する基準とは?
中島 政治は「価値観」に関わる仕事でもあります。例えば、「選択的夫婦別姓は是か非か」とか「LGBT」の権利をどうするのか、ほかに先の戦争の責任問題や憲法問題の一部も、これらは皆お金じゃなくて価値観の問題ですよね。
こうした問題を、僕は「リベラル」対「パターナル」という対立軸で考えます。ここで言うリベラルというのは、「相手が自分と異なる思想や政治的、宗教的な信条を持っていても、お互いそれを認め合いましょう」という、多様性を認める寛容な価値観だと考えてください。
そして、このリベラルと反対の価値観を、保守ではなく「パターナル」としているのが、この本の重要なポイントです。
パターナルは「父権的」とも訳されます。家庭内で強い力を持ってる父親が、特定の価値観を家族に強いる......といったリベラルの寛容さと対立する権力のあり方なんですね。
政治家が価値の問題を扱う以上、その人の価値観がリベラルなのか、それともパターナルなのかという違いは、大きな意味を持ちます。
「右か左か」とか、「タカ派かハト派か」とか、そういうこれまでの分類が意味をなさなくなってきた今、このふたつの基準を軸にして政治家や政党を見てみませんかというのが、この本で示したかったことです。
──今回、ふたつの基準を用いて自民党の有力政治家9人をマッピングすることで、何が見えてきましたか?
中島 彼らをマトリクスの図表に当てはめていくと、現在の自民党は安倍首相を中心に、価値観がパターナルでリスクの個人化を志向するⅣゾーンに分類される「日本版ネオコン」が急激に増えている一方で、野田聖子さんのようなリベラル×リスクの社会化を志向する人も、次期首相候補のひとりとして生き残っていることがわかります。
あるいは、世間では憲法9条の改正論や安全保障に強いタカ派というイメージの石破茂さんは、強烈な自己責任論者である一方、価値観については非常に柔軟ですし、彼の自己責任論は国家の自立というのを重視しているので「日米安保べったり」や「日米地位協定」のあり方にも否定的だったりする。
また、自民党総務会長の加藤勝信さんは比較的リスクの社会化を志向しています。安倍一強が続く今の自民党にも、辛うじて多様性が残されていると確認できたのは興味深い発見でした。
他方で、"宏池会のプリンス"と呼ばれ、ハト派というイメージがあった岸田文雄さんの言葉を分析してみると、リスクでも価値観でも明確な立場が見えてきませんでした。その時々の権力者にうまく合わせているだけで、端的に言うと骨がない。
縦軸、横軸ともにど真ん中につけたんですが、「岸田さんは総裁候補って言われてるぐらいなんだから、自分の考えをちゃんと出してくださいね」という気持ちを込めてのこと。9人の中で、一番厳しい分析だったと思っています。
──ところで「残された多様性」が今後、自民党の方向性を変える可能性はあるのでしょうか?
中島 現実的に考えると難しいかもしれません。石破さんや野田さんは、いずれも議員生活20年とか30年を超えるベテランで、彼らが国会議員になったときはまだ自民党内に豊かな多様性が存在していた時代でした。
彼らは宏池会などに代表される自民党保守本流の中でも、リベラルかつリスクの社会化を志向する人たち、つまりこのマトリクスのⅡに分類される政治家が強い勢力を維持していた時代に、国会議員として政界にデビューしたわけです。
しかし、第2次安倍政権成立後の自民党は、選挙を繰り返すたびに議員が入れ替わり、今や半数以上が安倍自民党の下で当選した議員なので、安倍さんと同じⅣに位置する人たちが圧倒的に増えています。
そう考えると、今後の自民党は明確にⅣのパターナルかつリスクの個人化を志向する政党へとシフトしてゆくと思います。
──そんななか、野党はどうすればいいのでしょう?
中島 自民党に対抗する野党が取るべき立場は、誰の目にも明らかで、多様な価値観を寛容に受け入れるリベラル、かつリスクの社会化を志向するⅡのポジションです。
かつての自民党が担っていたⅡの役割を野党が担い、保守から左翼までが広く結集することで、自民党以外の現実的な選択肢を有権者に提供する。
それが安倍一強の下で、Ⅳの性格を強めつつある日本の政治を変えるための重要な戦略だと思います。
●中島岳志(なかじま・たけし)
1975年生まれ、大阪府出身。大阪外国語大学卒業。京都大学大学院博士課程修了。北海道大学大学院准教授を経て、現在は東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。専攻は南アジア地域研究、近代日本政治思想。2005年、『中村屋のボーズ』で大佛次郎論壇賞、アジア・太平洋賞大賞受賞。近著に『保守と立憲』『超国家主義』『保守と大東亜戦争』などがある
■『自民党 価値とリスクのマトリクス』
(スタンド・ブックス 1600円+税)
昨年9月に行なわれた自民党総裁選。国民にとっては、安倍晋三と石破茂というリーダーがこれからの日本をどうしたいのかを知る機会だったが、総裁選について報じるニュースは政局に関する話題ばかり......。自民党の有力政治家たちは、どういう考え方を持ち、どんなビジョンを持っているのか。彼らの著作をはじめ、雑誌のインタビューなどを読み込み、政治家の指標となる「価値」と「リスク」で徹底分析。自民党の「今」がわかる