「日本では財政の話になると必ず、『消費税をどうするか』という非常に狭いところの話になってしまう」と指摘するジョナサン・ソーブル氏 「日本では財政の話になると必ず、『消費税をどうするか』という非常に狭いところの話になってしまう」と指摘するジョナサン・ソーブル氏

今年10月に予定されている消費税率10%への引き上げの是非が、参院選でも大きな争点のひとつになっている。巨額の財政債務を抱える日本にとって消費増税は必要だとする声がある一方、日本経済がデフレから脱却できていない現状での増税に反対する声、さらには消費税そのものの廃止を訴える声まで、この問題に関する姿勢は政党によってさまざまだ。

日本で長く活動する外国人ジャーナリストはどう見ているのか? 「週プレ外国人記者クラブ」第143回は、元「ニューヨーク・タイムズ」東京支局記者で、現在は「アジア・パシフィック・イニシアティブ」客員研究員を務めるカナダ出身のジャーナリスト、ジョナサン・ソーブル氏に聞いた──。

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――経済紙「フィナンシャル・タイムズ」などで記者を務めた経験もあるソーブルさんは、日本は消費税率を引き上げるべきだと思いますか? また、仮に増税が必要だとしても、そのタイミングは「今」なのでしょうか?

ソーブル 残念ながら、私自身、その質問に対する明確な答えは持っていません。ただ、その上で、いくつかの前提を設けてお答えしたいと思います。

まず、一般論としてお話すれば、巨額の財政赤字と共に少子高齢化という問題を抱える日本が、この先、社会保障などのセイフティネットを維持してくためには、どうしてもお金が必要です。プライマリーバランスの健全化、財政均衡を目指すのであれば、安定的な財源となる消費増の増税がひとつの手段であるのは事実でしょう。

また、日本の消費税に近い「付加価値税(VAT)」制度を持つ他の先進国に比べて、消費税率10%というのは決して高いほうではないのも事実。ヨーロッパ諸国などには税率20%を超える付加価値税を課している国も少なくありませんから、決して「税負担が大きすぎる」というわけではないと思います。

増税のタイミングに関しては「今できないなら、いつまでもできないんじゃないか?」と考えています。確かに今の日本が、景気がいいのか、悪いのかについては議論がありますが、一般的に言えば、少なくとも「景気が悪い」とは言い難い。そう考えれば、今、税率を引き上げることはそれほど悪くない。むしろ、何度も何度も消費増税を延期しつづけて、問題を先送りするのも良くないとも思います。

根本的な問題は、日本では財政の話になると必ず、「消費税をどうするか」という非常に狭いところの話になってしまうことです。しかし、そもそも財政均衡は絶対に必要なのか、税収以外の国家の収入源についても、もっと考えるべきではないのか、もう少し柔軟に広い視点で考える必要があると思います。

最近はMMT(現代貨幣理論)と呼ばれる、新しい考え方が話題になっていて、「自国の通貨発行権を持つ国は、どんどん借金しても構わないのだ」と主張する人たちもいる。私自身はまだMMTをどう評価すべきなのか、迷っている面があるのですが、少なくとも財政バランスの重要性をどう考えるのかについて、新しい議論が起きているのは事実です。

──ソーブルさんの母国、カナダにも消費税はあるのですか?

ソーブル カナダには国レベルの税制として、日本の消費税にあたる付加価値税としてGST(物品およびサービス税)というものがあります。GSTが導入されたのは1991年で、導入当時の税率は7%でしたが、2008年には税率が引き下げられ、現在は5%です。また、それ以外に州レベルの付加価値税があり、こちらの税率は各州によって異なります。例えば、私の地元であるオンタリオ州だと8%なので、GSTと合わせて13%。石油生産で別名「カナダのテキサス」と呼ばれるアルバータ州のように、付加価値税がない州もありますが、現在は国と州の税率を合わせて13~15%ぐらいが一般的です。

──日本の消費税導入が1989年ですから、それと比較的近い時期ですね。導入した当時、カナダ国内での反発はなかったのですか?

ソーブル 当時はカナダでも財政問題が深刻化していた時期で、特に90年代初頭は財政赤字がピークでした。そこで財政健全化を目的に付加価値税のGSTが導入されました。

日本が消費税を導入した当初の税率は3%でしたが、カナダはいきなり7%ですし、消費税のような付加価値税は累進課税が基本の所得税や法人税と違って、逆進性(所得の低い人ほど実質的な負担が大きい)があるので、当然、当時は国内の反対も大きかったと思います。しかし、結果的にGSTの導入が成功し、カナダは財政健全化を実現。その後、2008年には税率が5%に引き下げられています。

──なんと、財政バランスの健全化だけでなく、10年以上前に「消費税引き下げ」まで実現してるんですね! 

ソーブル ただし、その成功には日本とは異なる条件があったことに触れておく必要があるでしょう。まず、ひとつはカナダが資源国であったこと。特に、付加価値税を導入した頃から、アルバータ州での石油の採掘が本格化し、このオイルマネーによる経済効果が付加価値税導入によるカナダ経済へのネガティブな影響を十分に補えたという点。

もうひとつは、カナダが積極的に移民を受け入れてきた結果、少子高齢化の問題がないという点です。人口は今も増えていますし、特に移民による若年層が増加しています。これは、少子高齢化による年齢別の人口バランスの変化が、将来的な財政問題に大きく影響している日本の現状との大きな違いだと思います。

それ以外にも、カナダには、かつて日本で弾けた「バブル経済」がなかったこと。リーマンショックのときも、アメリカのサブプライムローンのような問題がなかったので、比較的被害が少なかったことなど、いくつかの幸運に恵まれたという面があるので、日本がカナダと同じことをすれば、必ずしもうまくいくとは限りません。

──アメリカには消費税はなく(州によっては小売売上税が存在)、社会保障制度などのセイフティネットはそれほど充実していない。基本的に自己責任型の「低負担・低福祉型」社会です。一方、北欧などに代表されるヨーロッパ諸国は、消費税率が20%に近い国もあるけれど、充実した社会保障制度を持つ「高負担・高福祉型」だと言われます。カナダの場合は?

ソーブル おそらく、カナダはその「中間」ぐらいだと思います。カナダとアメリカは「旧イギリス植民地から独立した新大陸の国」という点で、共通した成り立ちを持つ国です。安全保障面ではアメリカへの依存は大きく、経済的な面での結びつきも大きいという点では、日本とアメリカの関係に似ている部分もあると思います。

その一方で、カナダ人には国境を隔てた隣の大国であるアメリカとの「違い」を、カナダという国のアイデンティティや一種のプライドとして捉えているところがあって、そのひとつが90年代から積極的に進めてきた財政バランスの健全さ。もうひとつが、アメリカとは異なる社会保障制度、セイフティネットの充実です。

カナダでは国民の健康保険制度も充実しています。また、大学はすべて公立のため、学費はヨーロッパの一部の国のように無料ではないものの、アメリカに比べればはるかに安い。前回のアメリカ大統領選挙でバーニー・サンダース候補が導入を訴えていた社会保障制度は、カナダでは既にすべて実現しています。

ですから、90年代の付加価値税導入が、この財政健全化と社会保障制度の維持というカナダのアイデンティティを確立することに大きく役立ったと言えます。だだし、カナダは財政バランスの健全さを保つことにこだわるあまり、それが、ある意味「自己目的化」していた面もある。いわば、財政の「健康オタク化」ですね(笑)。

現在のジャスティン・トルドー首相はこうした流れを若干修正し、近年は必要に応じて、国がある程度の借金をすることも厭わないという政策に転換しつつあります。それに対して旧来の「財政均衡絶対主義者」たちからの抵抗もありましたが、国民の多くはこうしたトルドー首相の方針を支持しているように思います。

──日本政府が抱える債務は史上空前の規模まで膨れ上がり、少子高齢化にも歯止めが掛からない状態が続いています。消費税のあり方も含め、日本はこの先、そうした問題とどう向き合ってゆくべきなのでしょう?

ソーブル ひとつ、ハッキリしているのは、消費税率を10%に引き上げたとしても、それで日本政府が抱える債務の問題が解決するわけではないということです。もちろん、増税によって財政バランスが改善する可能性はありますが、少子高齢化や人口減少への対処、社会保障制度の維持という大きな問題を考えるとき、「消費税云々」という狭い議論に終始するべきではないと思います。

消費税だけでなく、法人税や企業の内部留保に対する課税など、さまざまな可能性を検討するべきではないでしょうか。私が以前働いていた「フィナンシャル・タイムズ」のエコノミストや、「ニューヨーク・タイムズ」のコラムニストを務めるポール・クルーグマン教授は、日本の消費税率引き上げには懐疑的で、「ただでさえ伸び悩んでいる個人消費への課税強化は得策とは言えない」との見方を示しています。

今の日本の政治状況を見る限り、財政の問題を議論するには、ある程度の時間が必要な気もします。その意味では、消費税を10%に引き上げた「その先」について、税収以外の選択肢も含めた議論が必要になってくると思います。

●ジョナサン・ソーブル
1973年生まれ、カナダ・オンタリオ州出身。トロント大学で国際関係論、ニューヨークのコロンビア大学大学院でジャーナリズムを学ぶ。ダウ・ジョーンズ経済通信、ロイター通信、「フィナンシャル・タイムズ」、「ニューヨーク・タイムズ」を経て、現在は一般財団法人「アジア・パシフィック・イニシアティブ」の客員研究員を務めている

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