今年7月、イギリスの新首相となったボリス・ジョンソン。「イギリス版トランプ」と呼ばれ、失言・暴言・女性スキャンダルは枚挙にいとまがない

6月7日、イギリスのテリーザ・メイ前首相がEU離脱をめぐる大混乱の責任を取り辞任。そして7月23日、与党・保守党の党首選で圧勝し、翌24日にイギリスの新首相に就任したのは「合意なき離脱」も辞さない強硬派、ボリス・ジョンソンだ。

"イギリス版トランプ"と呼ばれ、数々の失言や暴言、女性スキャンダルで悪名高い。そんな人物がなぜ国民の人気を集め、権力のトップに上り詰めたのか? 

個人的にはEU離脱反対派の英紙『ガーディアン』日本特派員、ジャスティン・マッカリー氏が涙目で解説する。

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■失言・暴言・女性スキャンダル

――まず、ジョンソン首相誕生の率直な感想を。

マッカリー まぁ、予想どおりではありますが、個人的には「あああ、マジか?」って感じです。彼は"イギリス版トランプ"と呼ばれていますが、トランプとは異なる点も多い。裕福な家庭の出身で、上流階級の子弟が通う名門のイートン校からオックスフォード大学に進学という、絵に描いたような英国のエリートコースを歩んでいます。

卒業後はジャーナリストとして働いていましたから、それなりに頭もよく、教養もあるはずで、そのへんはトランプとは大きく違うと思います。ただし、「EU懐疑派」の『デイリー・テレグラフ』紙ブリュッセル特派員として知られた記者時代の記事には虚偽や誇張が多く、彼のジャーナリストとしての評判は決して芳しくありません。

――ブレグジット(EU離脱)の是非を問う国民投票のときにも「イギリスは週に3億5000万ポンドをEUに支払っている!」というウソの主張で離脱キャンペーンを展開するなど、「フェイクニュース癖」がありますね。

マッカリー しかも「本当にわかってない」......かもしれないトランプとは違い、ボリスは虚偽の主張も、ちゃんと目的があってやっている可能性が高い。学生時代の友人たちは「相当な野心家だった」「将来は首相になりたいと語っていた」などと証言しているので、当時から強烈な上昇志向があったのは間違いない。

ロンドン市長時代(2008年~16年)にはオリンピック開催を成功させたほか、市内に通称"ボリス・バイク"と呼ばれるレンタル自転車のシステムを導入するなど、市民受けする政策も積極的に行なっていますが、それらすべては自らの野心のためでしょう。

今はEU離脱派の象徴的存在ですが、彼が本当に離脱派なのかは怪しく、「野心を実現するためには離脱派についたほうが有利だと考えたからだ」とみる人は多い。政治家としての確たるイデオロギーや信条はなく、個人的な野心がすべてに優先する"自分ファースト"な人物だという意味では、トランプに似ているかもしれません。

――"失言王"の異名もありますが、これまでどんな失言を?

マッカリー イスラム教徒の女性がかぶる「ブルカ」というベールを「郵便ポストみたい」「銀行強盗みたい」と揶揄(やゆ)したり、「トルコのエルドアン大統領がヤギとセックスする詩」を書いたり、宗教・人種・女性差別的な失言は数知れない。アフリカや黒人、イギリスの旧植民地を見下したような発言も多く、外交問題に発展しかねないケースもありました。

■「ボリスの子供はどこに何人いるのかわからない」

マッカリー 奇行や失態も多く、2015年の来日時に日本の子供たちとラグビーをした際には、10歳の男児に激突して吹っ飛ばしてしまったことがあり、これは日本よりもイギリスで話題になりました。

女性スキャンダルも枚挙にいとまがなく「ボリスの子供がどこに何人いるのかはわからない」といわれるほど。現在、奥さんと離婚協議中なのですが、保守党の党首選の最中に同居する恋人と激しい口論になり、近隣住民の通報で警察が出動した騒ぎも。

首相官邸にはその恋人と一緒に住むそうで、ファーストレディならぬ"ファーストガールフレンド"という新たな言葉まで誕生しています。しかし、女性スキャンダルを非難されても本人はどこ吹く風で、「俺の全身には精子がパンパンに詰まってるから!」などとうそぶいているのです。

――そんな問題児がなぜ、首相にまで上り詰めたのでしょう?

マッカリー いわゆる「炎上商法」のようなもので、彼にはスキャンダルを持ち前のユーモアで自分の人気につなげてしまう才能があるんだと思います。

そのため、名家の生まれで典型的なエリートなのに、「エリートらしくない」とか「ポリティカル・コレクトネスを気にせず本音で語る親しみやすい政治家」というイメージを生み、人々から「ボリス」のファーストネームで呼ばれる存在になっているのです。

アメリカなどと同様に、イギリスでも既存の政党や政治家への信頼が失われており、型破りな言動をするボリスに支持が集まっている。彼はそれを自覚した上で、失言やヘンテコなパフォーマンスをあえて演じているのかもしれません。

ただし、彼が首相になれた最大の理由はやはりEU離脱をめぐる混乱。それがなければ、ボリス・ジョンソン首相は誕生しなかったと思います。

――10月31日の「離脱期限」まで残り約2ヵ月。イギリスの命運を背負う"金髪のお騒がせ男"はブレグジットを実現できるのでしょうか?

マッカリー 前途多難ですね。議会はこれまでどおり「合意なき離脱」に反対で、議会が否決すれば離脱は実現できません。EU側も「絶対に再交渉はしない」と断言しているため、このままいけば前任者のテリーザ・メイ前首相と同じように、行き詰まるのは目に見えています。

そのため、彼がここで「解散・総選挙」という賭けに出る可能性もあるでしょう。保守党内の党首選ではない、国政選挙でどれだけ国民の支持を集められるか次第ですが、議会内の離脱強硬派を増やせれば10月末の「合意なき離脱」が可能になるかもしれない。

そうなればイギリスの経済は間違いなく衰退に向かうと思いますが、正直、今後の展開を予想するのは難しい。何しろ「何をするかわからない人物」が首相になったのですから(涙)。

●ジャスティン・マッカリー 
ロンドン大学東洋アフリカ研究学院で修士号を取得し、1992年に来日。英紙『ガーディアン』『オブザーバー』の日本・韓国特派員を務めるほか、テレビやラジオ番組でも活躍