『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、日米貿易交渉は日本の「惨敗」だと批判する。

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8月25日、懸案だった日米貿易交渉が大筋で基本合意した。

それによると、アメリカ側は牛肉、豚肉など幅広い農産品で日本の関税引き下げを勝ち取った。同国が脱退したTPP(環太平洋パートナーシップ協定)と同じ水準まで下げるという。 

一方、日本はTPPで獲得した対米向け自動車関税撤廃(乗用車2.5%、トラック25%)を手中にできなかった。

つまり、日本側は、一度は交わした約束すら実行してもらえず、アメリカには満額回答という一方的譲歩を強いられたわけだ。

この結果について、安倍政権は日本側が「攻めの分野」と位置づけた工業製品では米側から幅広い譲歩を勝ち取ったとアピールするが、これは大ウソだ。

TPPでは、アメリカの自動車部品の80%以上の即時撤廃を含む、すべての工業製品の関税撤廃が約束されていた。なのに、最も大事な自動車の関税撤廃すら勝ち取れなかったのだから、「惨敗」と言うべきなのだ。

しかも、交渉入り前にトランプ政権が突然、日本に課したWTO(世界貿易機関)ルール違反の鉄・アルミ追加関税が即時撤廃されるかどうかも今のところわからない。

この追加関税に対しては、カナダ、メキシコがアメリカ産豚肉などに追加関税を課して報復し、その報復関税中止と引き換えにトランプ政権から鉄・アルミ関税の撤廃を勝ち取っている。あまりに対照的ではないか。安倍政権は理不尽なトランプ政権の要求に少しも戦う姿勢を見せていないのだ。

そもそも、今回の日米貿易交渉はTPPを勝手に離脱した結果、農産品の対日輸出のライバルであるオーストラリアやカナダなどと競争条件で格差がついて困ったトランプ政権が、その差を埋めようと持ちかけてきたものだ。

そういう場合、普通の独立国なら最初は「再交渉しない」と突き放し、その後に「お土産をくれるなら応じてもよい」と条件をつけるものだ。今回のケースでは、鉄とアルミの関税撤廃を勝ち取るべきだった。

ところが、安倍首相はそれすらせず、交渉入りが決定した2018年9月の日米首脳の共同声明で「TPPで譲歩したこと以上のことはできない」と明言した。そのセリフだけを聞くと勇ましく思えるが、実際には「TPP水準までの譲歩は約束します」と交渉前から相手の一番欲しがる獲物を差し出したのだ。

私は、官僚時代に日米構造協議などの貿易交渉に携わってきたが、こんな弱腰の外交交渉は見たことがなかった。日本の惨敗は最初から決まっていたのだ。

しかし、多くの国民は「惨敗」に気づいていない。マスコミが、農産物関税がTPP水準止まりでよかったとか、自動車への25%追加関税が回避できそうでよかったなどと、安倍首相の「ウィンウィン」という大ウソとともに官邸の宣伝情報をそのまま垂れ流しているからだ。

協定への調印が済めば、協定案や関税引き下げのための「関税定率法」改正案の国会審議で、野党が反対しても、「調印済みの約束を破れば自動車への25%追加関税をかけられるぞ!」と安倍首相は野党を脅すだろう。

ならば、今すぐ国会を開いて、今回の基本合意について審議すべきだ。協定への調印を許せば、安倍政権によるトランプ追随外交を止めることはできなくなる。

●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中

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