『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、民法と税制の改正で放置される「不公平」について語る。
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今回は安倍政権下で放置される、ふたつの「不公平」について話したい。
まずは2020年4月に実施される民法の大改正。このなかで気になるのが、労働者の未払い賃金や有給休暇などの会社への請求権の扱いだ。
現行の民法では一般的な債権の消滅時効は原則10年と定められてきた。ただし、債権によっては10年前の契約状況が確認しづらいものもあり、債権ごとに時効期間を短くする「短期消滅時効」が定められていた。
例えば、NHKの受信料請求の時効は5年、飲食店の代金や芸能人のギャラ請求などの時効は1年となっている。
労働債権も民法上は同じ分類で時効期間は1年だった。しかし、労働者の権利保護が弱すぎるとの声が強まり、特別に労働基準法で時効を2年に延長したという経緯がある。
一方、改正民法では債権ごとに定めた短期消滅時効が廃止され、原則5年に統一される予定だ。当然、未払い賃金などの労働債権の消滅時効も5年になる......と思うだろうが、なぜか2年間のまま据え置かれる。
その理由は、労働債権の時効が労働基準法で2年間と定められているため、改正民法の対象とはならず、時効5年が適用されないというのだ。その動きの背景には経団連の強い反対があることは言うまでもない。
だが、これはどう考えてもおかしい。飲み屋でさえ、ツケを5年間も請求できるようになるのに、どうして労働者はたった2年間しか、汗水垂らして得た給与を請求できないのか? 明らかに公平さを欠いている。
もうひとつの不公平は、今月に自民、公明両党がまとめた2020年度の与党税制改正大綱で、金融所得課税の強化が見送られたことだ。
所得税は、所得が上がるほど税率も上がる累進課税で、最高税率は住民税を含めると55%だ。しかし、株式の配当や売却益などにかかる金融所得課税は別枠とされ一律20%に抑えられている。このため、株で100億円儲けた人でも20%の課税で済む。
こうした不公平税制の影響で、所得に対して支払っている税金の負担率は、年収1億円を境に下がっていくというのが現状だ。資産を持っている者のほうが税率が低ければ、格差は拡大するばかりという批判の声は昔からあるが、結局手つかずのままだ。
心配なのは、こうした不公平が放置されることに大きな抗議が起きないことだ。労働債権の時効期間など、国民ひとりひとりの生活やサイフに直結することなのに、国民は羊の群れのように従順に押し黙っている。
何より、野党の動きが鈍すぎる。「桜を見る会」疑惑の追及にはあれほど熱意を見せるのに、不公平税制の改革にはあまりに冷淡だ。
それだけでなく野党は、12月に閉会した国会において法案や条約など政府与党案の15本中14本を論戦もほぼなしですんなりと通してしまった。本来なら野党一丸となり、政府与党が間違った税制や法案の是正に応じないなら国会審議を拒否するくらいの強硬姿勢を見せてもよいのに、審議放棄と批判されることを恐れてか、それもしない。
「桜を見る会」の疑惑解明はもちろん大事だ。ただ、与党のスキャンダル追及にだけ力を入れていると、国民の暮らしにとって極めて大事なことを見失う。野党にはその自覚を促したい。
●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中