「政治のデジタル化を進める上では、『異なる意見に耳を傾け、熟議する』という大切なプロセスを守る必要がある」と語る谷口将紀氏 「政治のデジタル化を進める上では、『異なる意見に耳を傾け、熟議する』という大切なプロセスを守る必要がある」と語る谷口将紀氏

ITや人工知能(AI)の発達が、私たちの社会や暮らしを急激に変えつつあるなか、旧態依然とした日本の「政治」はこのままでいいのか?

そんな疑問に、共に東京大学大学院法学政治学研究科教授で、政治学者の谷口将紀(まさき)氏と憲法学者の宍戸常寿(ししど・じょうじ)氏のふたりが向き合ったのが、『デジタル・デモクラシーがやってくる!』(中央公論新社)だ。

政治にデジタル技術を活用することで、果たして何が変わるのか? そして、そこにはどんな課題や問題があるのか? 著者のひとり、谷口氏にズバリ聞いてみた!

* * *

――新型コロナウイルスの流行でテレワークが推奨され、期せずして「ITを活用した働き方改革」に移行している人も多い今、本書のサブタイトルにある「政治もそのままってわけにはいかないんじゃない?」という問いは、とてもタイムリーですね。

谷口 この本を企画した時点では新型コロナウイルスの問題はなかったわけですが、実は以前から、政治学者として知り合った主に経済界の方々から「なぜ、政治はデジタル技術を積極的に活用せず、いつまでも旧態依然としているのか?」と尋ねられることが多かったんです。

そこで、30年来の友人でもあり、ITの世界や情報法に詳しい憲法学者の宍戸さんと一緒に、あらためてこの問題に向き合ってみようと思ったのです。

――日本の政治がデジタル技術の活用に消極的で変化が遅いのは、単に「保守的」だからなのでしょうか?

谷口 そういう面はあると思います。基本的にできるだけ今のやり方を変えたくないので、まず「できない理由」を探してしまうのです。でも、本当はやろうと思えば、技術的にも可能なことが山ほどあるのにやっていません。

そのわかりやすい例が、今の政治で展開されています。政府が緊急事態宣言を出して、在宅勤務や人との距離を取る「ソーシャルディスタンス」を推奨しているなか、国会では高齢の方もいるのに議員が議場にひしめき合い、大声で質問した野党議員に大臣が「唾が飛ぶんだよ!」とヤジを飛ばす、といった光景が4月半ばまで続きました。

それを目にした国民は「在宅勤務をしようとか、人との距離をきちんと取ろう」と思うでしょうか? 

――確かに、国会が高齢者感染クラスターになりかねません。

谷口 国会での審議は、議決を取るのでなければあえて感染のリスクを高めてまで議場でやる必要はなく、オンライン上の「リモート国会」にしても問題ないはずです。

しかしながら、ITの導入は可能でも、政治や民主主義の原理原則を考えれば、慎重な議論が必要なものもあります。

例えば、AIの活用です。今はまだ実現していませんが、数十年後、AIが発達して仮に「国民ひとりひとりの選考を推定し、それを合成して国全体としての最適な政策を導き出す能力」を持つとします。その場合、AIが「最適解」を決めてくれるのだから、もはや話し合いは不要という見方が出てくるかもしれません。

――国会も必要なくなるということでしょうか?

谷口 しかし、国会は単に「最適解」を導き出しさえすれば良いのではなく、お互いの考えの違いを主張したり、相手の声を聞いたりしながら「熟議」するプロセスでもある。

そのプロセスをすっ飛ばしてAIが最適解を出してしまえば、仮にそれが正解だとしても、「なぜ、そういう結論に至ったのか」はブラックボックス化されて検証できません。

また、少数派の意見や主張が多数決の結果、実現しなくても、その前に「熟議」の過程が存在することで、一定の「納得」をもたらすという意味もあるのです。

――では、よりデジタル技術の活用が現実的なネットを使った投票はどうでしょう?

谷口 こちらはすでに総務省でも検討が進められていて、電子投票の試験的な取り組みも始まっています。不正投票や投票結果の改竄(かいざん)を防ぐセキュリティも、公開鍵暗号技術などによって担保されていると考えていいでしょう。

他方、課題となるのが、普通選挙、平等選挙と共に、選挙の基本原則である「秘密選挙」の保護です。ネット投票の場合、「誰が誰に投票したのか」を投票者の横にいて監視することが可能なので、それを防ぐための制度的な手当てが必要だと思います。

ちなみに、将来ネット投票が一般化すれば、今のように感染症が流行している状況下でも安心して選挙を行なうことができますし、電子投票であれば、投票締め切りまで何度でも投票をやり直すことも可能です。

また、わざわざ投票所まで行かなくても、スマホなどから簡単に投票できることで、より幅広い層の有権者が投票に参加するようになり、それが投票率を上げることにつながることも期待できます。

――政党のPRや有権者に訴えかける選挙前のキャンペーンでは、マーケティングやネットの活用が進んでいるようですね。

谷口 特に自民党は2009年に政権を失い下野して以降、積極的にマーケティングやネットを活用した戦略を取り入れるようになりました。

もちろん、党内には保守的な人たちもいますが、前回の参院選ではネットを中心に選挙運動を行なった自民党の山田太郎氏が当選したのは象徴的な出来事で、こうした変化の流れは後戻りできないところまで来ていると思います。

一方で懸念されるのが、フェイクニュースといわれる偽情報の拡散が人々の意思決定に影響を与えたり、ネット広告やSNSと同じ原理で、メディアが読者の好みや考え方の傾向に合わせて、画面に表示する情報をカスタマイズすることで、人々が「自分に近い考えの意見」ばかりに触れるケースが増えたりする点です。

しかし、政治のデジタル化を進める上では、われわれひとりひとりがネット上の膨大な情報の真偽を慎重に見極めるとともに、民主主義にとって欠かせない「異なる意見に耳を傾け、熟議する」という大切なプロセスを守る必要があります。そのためにはまず、デジタルネイティブ世代の「メディアリテラシー教育」が非常に重要だと思いますね。

●谷口将紀(たにぐち・まさき)
東京大学大学院法学政治学研究科教授。東京大学博士(法学)。専門は政治学。現代日本政治論。スタンフォード大学客員研究員などを経て、現職。著書に『ポピュリズムの本質 「政治的疎外」を克服できるか』(共編著、中央公論新社)、『現代日本の代表制民主政治 有権者と政治家』(東京大学出版会)など

■『デジタル・デモクラシーがやってくる! AIが私たちの社会を変えるんだったら、政治もそのままってわけにはいかないんじゃない?』
(谷口将紀・宍戸常寿/著 中央公論新社 1800円+税)
人工知能(AI)、ブロックチェーンなどの技術革新がわれわれの暮らしを大きく変えるといわれるなか、旧態依然とした「政治」は何が変わるのか? 政治学者と憲法学者が、すでに起きている変化を踏まえつつ、国民が考え、代表を選び、物事を決定する民主主義のプロセスを、メディア関係者や現役官僚と共に考え、新しい民主主義の可能性を探る

★『“本”人襲撃!』は毎週火曜日更新!★