「粛々と進めているだけ」。きっと安倍首相はそう言うだろう。だが、新型コロナのドサクサ紛れに乗じていると疑わざるをえない法案、予算案がやたら多くないか?

今、あまり報道されていないけれどスルーしてはいけない大問題を、『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏がズバッと指摘する! (この記事は、5月11日発売の『週刊プレイボーイ21号』に掲載されたものです)

■平時であれば紛糾必至

5月3日の憲法記念日、安倍首相が改憲派の主催するオンライン集会に寄せたビデオメッセージが批判の声を集めている。

このビデオで首相はコロナ対応をめぐり、「緊急事態において国民の命や安全を守るため、国家や国民がどのような役割を果たし、国難を乗り越えていくべきか。そのことを憲法にどう位置づけるかは極めて重く、大切な課題」と語り、憲法を改正して緊急事態条項を加える必要性を強調した。

だが、待ってほしい。政府のコロナ対策ではPCR検査や隔離施設の不足、補償の少なさなどが指摘されてきたが、こうした不備は憲法に欠陥があったから生じたのではない。ひとえに現政権の無能さによってもたらされたのだ。

なのに、首相はあたかも現憲法のせいであるかのように語る。コロナ禍の混乱や不安に乗じて憲法改正の論議を動かそうとしているのは明らかで、世間ではこういう手合いを火事場ドロボーと呼ぶ。

ただ、こうした動きは憲法問題に限ったことではない。人々の関心がコロナに向いている間に、政府はとんでもない法案や予算案を、国会で十分な議論をすることもなく、続々と成立させようとしているのだ。

その代表格が、国家公務員の定年を65歳へ引き上げる国家公務員法改正、検察官の定年を63歳から65歳に延ばす検察庁法改正、公的年金の受給開始年齢を75歳まで繰り下げられる年金改革法の3つだろう。

国家公務員法の改正内容はひと言で言えば、公務員は60歳まで役職定年も降格もなしにポストと給与が上昇する仕組みは温存し、60歳の役職定年後もピーク時の7割の給与を保証するというもの。民間企業ではありえない高待遇で、コロナ騒動がなければ、世論の反発は必至だっただろう。

今年1月末、安倍政権は東京高検・黒川弘務(ひろむ)検事長の定年を、満期直前に法律に違反してまで延長したことで批判を浴びた。

17年に共謀罪法案の成立に尽力し、与党との人脈が太く、菅義偉(すが・よしひで)官房長官とも近しい関係にあることから"官邸の守護神"とも呼ばれる彼を、「桜を見る会」疑惑の真っただ中で無理やり引き留めたのだから、野党やマスコミに追及されるのは当然だろう。官邸が成立を推し進める検察庁法改正は、このデタラメな所業を後づけで合法化しようとするものだ。

年金の受給開始年齢を75歳まで繰り下げられる年金改革法案について、政府は75歳まで受給を引き延ばせば、「毎月の受給額が84%も増えてお得になる」とアピールするが、実際には所得税や保険料がその分高くなり、生涯に受け取る総年金額はむしろマイナスになるケースもあるとの試算も出ている。

これらは平時に提案すれば、国会が大荒れになるのは確実だっただろう。

■コロナのドサクサで「2軍予算」が復活

あまり知られていないが、3月31日に復興庁の設置期間を10年間延長する改正案が国会で承認され、それとセットで「エネルギー対策特別会計(エネ特)法」が改正されたことにも注目してほしい。

エネ特の中には、原発への助成などを行なう電源開発促進勘定と自然エネルギー推進などを行なうエネルギー需給勘定がある。前者は販売電力にかかる電源開発促進税が財源で、後者はガソリンなどにかかる石油石炭税が財源だ。用途も財源もまったく異なるため、別個のものとして運用されてきた。

そのなかで、東京電力福島第一原発事故対応の予算は、原発関連だから、これまでは電源開発促進勘定と一般会計から拠出すると法律で決まっていた。しかし、今後廃炉などの費用が何倍にも膨らみ、資金不足となる。

そこで、自然エネ向けの予算を原発事故対策に"流用"するための法改正をした。本来なら「自然エネルギーが原発の犠牲になる」と強い批判を生む法案だった。

だが、コロナ騒動で注目度が下がった上に、復興庁設置法と一本化されて、エネルギーとは無縁の内閣委員会で審議されることになったため、議員が問題点に気づかないまま可決されてしまった。

法案だけでなく、予算案についても指摘したい。

4月30日、全国民への一律10万円給付など緊急経済対策を含む総額25兆円超の補正予算が成立した。だが、この中にドサクサに紛れてこんな予算案が入っている。それは、「Go Toキャンペーン」だ。感染が収束した後のことを考え、観光、運輸、飲食業、イベントなどに関する支援として1兆7000億円もの巨費が計上された、

これは経産省が主導したが、その一方で、新型コロナの治療薬・ワクチン開発など医療分野での負担が大きい厚労省につけられた予算は約7000億円だった。とてもバランスが取れた予算配分とは言えない。

こんな予算が成立した理由は官邸に、明確なコロナ対策のビジョンがないからだ。そして、政権への批判を封じるため、「とにかく巨額の緊急経済対策を」と官邸が霞が関に大号令をかけた結果、各省庁が好機とばかりに「2軍予算」を積み上げたのだ。

「2軍予算」とは本予算作成時、財務省から必要性が低いと却下や大幅カットをされたダメ予算のこと。「Go Toキャンペーン」に「建設生産プロセスの全面デジタル化」「ICTを活用した自動車運行管理の非接触化・リモート化」といったわけのわからない「2軍予算」が数多く紛れ込んでいるのはそのためだ。

官邸が省庁に補正予算作りを丸投げした結果、第1次補正予算は経済対策規模にして約117兆円と過去最大に膨らんだにもかかわらず、緊急性の高い家賃補助などの支援策が抜け落ちてしまった。

このままコロナ禍が長引けば、第2次、第3次の補正予算作りも必要となるだろう。そのときに再び火事場ドロボー的な予算が紛れ込まないよう、注意して政府の動向を監視しなければならない。

●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中

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