与正氏は1988年生まれ。2018年6月にシンガポールで行なわれた米朝首脳会談にも同行している

あの国に、ついに"女性首領"が誕生することになるかもしれない。

北朝鮮の権力構造に大きな変化が生じている。金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の実妹、金与正(キム・ヨジョン)中央委員会第一副部長がナンバー2に急浮上し、兄の職務の一部を代行する動きが出ているのだ。

北朝鮮ウオッチャーが色めき立ったのは6月4日のこと。韓国の脱北者団体が北を非難するビラを風船で飛ばしていることについて、与正氏は脱北者たちを「人の価値もないゴミ」とこき下ろし、南北の通信ホットライン遮断などの報復措置を取るという「談話」を発表したのだ。

その衝撃を韓国紙東京特派員がこう説明する。

「単なるホットラインの切断なら、よくある南北対立激化のワンシーンにすぎず、特に珍しいことではありません。われわれが驚いたのは、その『与正談話』が最高指導者の金正恩委員長と同格の『お言葉』『指示』として扱われたためです」

そのことを裏づけるのが、「与正談話」発表直後の統一戦線部報道官談話(6月5日)、そして平壌(ピョンヤン)市内での抗議集会などを報じた労働新聞報道(6月6、7日付)だ。

「5日の報道官談話では、統一戦線部が対韓国事業の統括者を与正氏と認めました。また、6日と7日の労働新聞では、抗議集会で与正氏の談話が朗読されたことが報道されている。

対韓国事業の統括者という地位、自らの『お言葉』『指示』の大衆への伝達など、いずれも北朝鮮では最高指導者だけに与えられる特別な権限です」(韓国紙特派員)

北朝鮮情勢に詳しいジャーナリストの石丸次郎氏もこう同意する。

「北朝鮮は唯一領導体制の国。ひとりのリーダーがすべてを決定し、国民はその領導に無条件に服従せよという政治システムです。ところが今回、与正氏は最高指導者にしか許されない『指示』を行なった。

これは与正氏が単に政治の前面に出たというだけでなく、"準最高指導者"の地位に就いたということを意味します。現在、与正氏は党の職位しか有していませんが、近い将来には軍事部門の職位も得ると予想しています」

つまり、北朝鮮が「兄妹指導体制」へと踏み出したとみることもできるわけだ。その理由はいったいなんなのか?

「ひとつは深刻な経済危機への対応でしょう。国際社会が科している従来からの経済制裁だけでも厳しいのに、新型コロナの影響で金正恩委員長が力を入れていた海外観光客の誘致ビジネスも大打撃を受けてしまった。

同じくコロナのあおりを受け、4月の北朝鮮の対中国輸出額は前年比9割減の220万6000ドル(約2億3700万円)にとどまっており、金ファミリーの統治資金にも大打撃なはず。この難局打開のために韓国に圧力をかけて制裁緩和に向かわせるには、正恩氏の役割を与正氏に分担させる必要があったのだとみています。

さらに重要なのは正恩氏の健康問題。正恩氏は体重が130㎏を超えており、重大な疾患を抱えていてもおかしくない。場合によっては数ヵ月以上にわたり執務不能になることもありえます。与正氏に最高指導者の権限を一部分け与え、兄の代行ができるようにすることは、金一族支配を永続させるための危機管理策といえるでしょう」(石丸氏)

北朝鮮はすでに、与正氏が「指示」した報復措置のひとつである南北首脳間ホットラインの遮断などを忠実に実行している。「兄」の健康状態も含め、新たな支配体制の動向に要注目だ。