『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、最低賃金の引き上げについて語る。
(この記事は、8月3日発売の『週刊プレイボーイ33・34合併号』に掲載されたものです)
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2016年度から4年連続、年平均3%のペースで上昇してきた最低賃金が、今年は現状維持となりそうだ。7月22日、中央最低賃金審議会がコロナ不況を理由に、「引き上げの目安を示すことは困難」と答申した。
今後、最低賃金の改定論議の場は都道府県の地方最低賃金審議会に移ることになるが、政府が目安を示さなかったことで、その額は現行水準で凍結されることになる可能性が高い。
今年4~6月期の実質GDP成長率は前年同期比マイナス7.0%。年度を通じたGDPの落ち込みもリーマン・ショックを上回るのはほぼ確実だ。このまま感染拡大が続けば、さらに日本経済は悪化し、中小企業を中心にリストラや倒産のラッシュが続き、地方経済の疲弊も深刻化する。
それだけに、人件費増で企業の体力を奪う最低賃金引き上げの見送りは仕方のないことかもしれない。
問題は答申よりも政府の対応だ。審議会の提言を受け入れるだけで、今後の賃上げ展望を示すことがまったくできない。コロナ不況は、企業はもちろん、国民にも大ダメージを与えている。
収入が激減し、家賃や食費に困る人も少なくない。その窮状を思えば、政府は答申を無視してでも労働者の収入増につながる最低賃金引き上げを実現させるか、さもなければ、それに代わる政策を提示すべきだった。
ところが、安倍政権は早々に国会を閉会したため、コロナ不況に対応した新しい労働政策や産業政策を議論できない。しかも、リーダーシップを発揮すべき首相は官邸にこもりがちで存在感ゼロ。官邸も今なおアベノマスク8000万枚追加配布に執着するというピンぼけぶりだ。
今、政府が第一にすべきことは、最低賃金引き上げ見送りの影響を受ける低賃金労働者に的を絞った生活支援策を講じることだ。その上で、来年の最低賃金大幅アップを宣言し、それを実現するための施策を準備しなければならない。
それをひと足先に実行したのがドイツだ。ドイツの2020年1月現在の最低時給は9.35ユーロ(約1150円)。ただ、ドイツ経済もコロナ不況で苦しい。
そこでドイツ政府は今年の最低賃金は前年比1.6%の微増にとどめ、その代わりに22年7月に一挙に2年分を引き上げ、11.8%増の10.45ユーロ(約1285円)にすることを国民に公約した。
日本もドイツ同様、来年に最低賃金を大幅アップする方策を官民一丸となって議論すべきだ。
例えば、ウィズコロナでリモートワークやAI化が進めば、事務職などを中心に不要となる職種が増える。それに備えて、ポストコロナの高度な職業訓練システムを整備しなければならない。スキルアップした労働者が増えれば日本経済の生産性が向上し、最低賃金引き上げが可能となる。
産業政策も抜本的に変革する。生産性が低く、高い賃金を払えない企業を市場から撤退させ、コロナ後のカギとなるデジタルトランスフォーメーション(デジタル変革)、グリーンリカバリー(気候変動対策や脱炭素社会実現)関連の新産業を育成すれば、日本経済は強くなる。
日本の平均賃金は、今やOECD35ヵ国中24位(19年)と低位に沈む。コロナを乗り越えてどう賃金アップを果たすのか? その議論のきっかけをコロナウイルスが与えてくれたと考えて、前向きにチャレンジすることが求められている。
●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中