クラウドの規制を発表したポンペオ米国務長官

米中による貿易戦争の影響から世界的に規制され始めた中華スマホやTikTok。そして新たな規制対象と明言されたのが中国企業が展開するクラウドだ。

スマホデータの保存にも利用されるクラウドだが、米中が覇権を争うほどの大問題に発展している理由を徹底解説!

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■クラウドはショバ代でボロ儲けできる!

規制の象徴であるファーウェイのスマホ。今後は自社製の半導体も製造できなくなるほど弱体化

8月5日、アメリカのポンペオ国務長官の会見が大きな波紋を呼んだ。これまでもファーウェイのスマホや5G関連事業、中国企業が配信するアプリに対して規制を行なってきたが、今後は中国のクラウドサービスも規制すると発表。

さらに中国企業のクラウドを利用すれば「新型コロナウイルスのワクチンの開発情報が盗まれる可能性もある」という警告までしたのだ。

スマホユーザーなら、誰もがスマホ内の画像や動画の保管場所として利用しているクラウドだが、なぜアメリカの国務長官がこんな発言をするほど重要視されているのか? ITジャーナリストの三上 洋(よう)氏に聞いてみた。

三上 クラウドはスマホに限らず、オンラインで商売を行なうときはもちろん、製品開発や各種データの管理などで必要不可欠です。

例えばECを始めるときはクラウド上に出店します。これは不動産的な役割です。あるいは映画を作るとなったら、撮って出しの動画をクラウド上にアップして、それを世界各地に点在するスタッフが加工する。これは編集スタジオ的な役割ですね。

それと同じ方法であらゆる製品やワクチンの開発も行なわれています。つまり現在のクラウドは不動産であり開発現場、そしてアプリや各種エンタメの流通網でもあるのです。

米中両国で人気のアプリも続々リジェクト!?

――2020年のクラウド世界市場の総売上高は約29兆円まで達すると予想されています。この超巨大ビジネスのうまみとは?

三上 企業がひとたび何かしらのクラウドを利用し始めたら、止めるのはほぼ不可能です。データ量はどんどん増えるし、契約中のクラウドを他社へ移行するのは非常に面倒。そうしてクラウドを運営する企業への支払いは増え続け、クラウド運営企業には"ショバ代"が永遠に入り続けます。

それこそクラウド運営ビジネスを軌道に乗せられれば、四半世紀は食いっぱぐれの心配がありません。それもあり、米中共にクラウドに力を入れ、覇権を争うのです。

アメリカによる中国アプリや端末の規制はスケープゴートで、経済規模を考えると規制の本命はクラウドといえるでしょう。実際、アメリカを代表する企業、アマゾンやマイクロソフトの主な収益源はすでにクラウド事業になっていますから。

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現在、クラウドの世界シェアで上位を占めるのはアメリカと中国の企業。なかでも勢いを増しているのは中国「アリババ」が運営するクラウドだという。中国のIT事情に詳しいジャーナリストの高口康太氏は「アメリカにとって本格的な脅威」だと語る。

高口 これまでアマゾン、マイクロソフト、Googleの米国企業がトップ3を争ってましたが、一昨年から3位に割って入ったのがアリババです。

もともとアリババは中国国内をメインの市場としてきましたが、ここ数年はグローバル市場にも展開。日本でもニトリが商品の画像検索システムにアリババのクラウドを導入しました。すでに中国のEC「Tモール」や「タオバオ」に採用されていたものだから実績も十分です。

クラウド導入を検討している企業があれば、アリババは競合するアマゾンやマイクロソフトより安い価格を提示してきます。価格面と性能面は申し分ないし、日本ではソフトバンクと提携して積極的に営業しています。

日本政府はセキュリティ面を考慮してアマゾンのAWSを採用しましたが、アメリカからしたらアリババの勢いは経済を脅かす存在でしかありません。

――しかしクラウド市場には、米中だけでなく世界各国の企業が参入し続けているはず。それなのにアマゾン、マイクロソフト、アリババの3トップが世界シェアを独占できている理由は?

高口 クラウドは、それを提供して終わりという商売ではありません。企業が導入した後もさまざまなアップデートをして運用されていきます。それだけの高い技術をグローバルで展開できるのは上位3社とGoogle、IBM、テンセントぐらいでしょう。なので、それらの企業に需要が集中します。

クラウド事業に関しては世界第3位の経済大国である日本ですら技術・規模においても蚊帳の外なので、今後も米中の企業による市場の独占が続いていくでしょう。

――最近アメリカが新たなる規制対象とし始めたメッセンジャーアプリ『WeChat』。これを運営するテンセント(本拠地は中国・深圳[シンセン])もクラウド事業に積極的です。

高口 テンセントはWeChatを運営しつつ、世界中のゲーム制作会社を傘下に収め、実質世界最大のゲームメーカー「テンセントゲームズ」の親会社でもあります。ここがクラウド事業で推し進めているのが、クラウドでのゲーム配信です。

現在、ゲームのメインプラットフォームはスマホに移行していますが、最新の3Dゲームを快適にプレイするには10万円以上の高額な端末が必要になります。

一方、クラウドでのゲーム配信は端末スペックに依存することなく、2万円のスマホでもストレスなく最新3Dゲームを楽しめるのです。

テンセントゲームズはすでに「PUBGモバイル」「CoDモバイル」など世界的に人気のタイトルを傘下にしているので、クラウドでのゲーム配信を本格化すれば膨大な収益を得ることができます。これも経済的にアメリカの脅威となります。

――テンセントはWeChatだけでなく映画、アニメ、海外スポーツの配信も得意としています。ということはこれらも今後は規制対象に?

高口 WeChatは日本では"中国版LINE"と報道されることが多いですが、実質OSと言っても過言でないほどの汎用性があり、WeChat内のミニアプリから各種エンタメを楽しむことができます。

だから、これを規制すればその版元であるアメリカ企業も大打撃を受けます。米中が経済でもめて、結局、損をするのが企業とユーザーなのは間違いないですね。

■米中共にクラウドはノーマークだった!?

(左)中国内ではスマホ、ゲームメーカーなどもアプリストアを展開。日本、アメリカとはまったく違う運用だ。(右)突如、アプリストアからリジェクトされたフォートナイト、米中貿易戦争の影響もアリ!?

――アメリカが勢いよく規制を強めるなか、両国の落としどころはあるんでしょうか?

高口 アメリカ側に、海外クラウドの利用に関する明確なルールがないことが、まず問題ですね。中国には「うちで商売するなら、うちのクラウド!」という取り決めがあり、それに従っているAppleは大儲けをしています。

しかしアメリカにはそれがなく、今になって「中国の国家情報法第7条によりクラウドやアプリ、端末を使用すると中国に情報を盗まれる可能性がある」という大義名分で規制するしかありません。ビジネス面での取り決めを両国間で作るのが急務でしょう。

――ここまでそのような取り決めがなかった理由は?

高口 アメリカ的には、ここ10年でスマホなどの製造業において中国が覇権を取るという認識はありましたが、クラウドやアプリまで中国に持っていかれるとは思っていませんでした。中国製スマホが売れても、それに内蔵される半導体はアメリカメーカー製だったので十分に稼げていましたから、油断もあったのでしょう。

一方の中国も、近年までクラウドがここまで商売になるとは思ってなかった節があります。一帯一路を推し進めて道路や橋の建設、リアル不動産の取得を優先していましたからね。米中、お互いさまですよ(笑)。

――ところで最近、"Apple税"と呼ばれるAppleのアプリ配信に関する30%の手数料に反発した人気ゲーム『フォートナイト』が、アプリストアから排除される事態に。フォートナイトを運営するエピックゲームズの筆頭株主はテンセントですが、これも米中覇権抗争の生け贄なの?

高口 まだ中国でも明確にそうした報道はありません。現在、中国以外の国でのアプリ配信はAppleとGoogleの独占状態です。

一方、中国はスマホ、ゲームメーカー、各種エンタメ企業が独自のアプリストアを運営し、サービスを付加して競い合っています。正直、これに関しては中国のほうが健全ですね。アプリ配信でも新しいルールを作る時期だと思います。

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人気ゲームやエンタメまで影響を与える米中クラウド戦争。ユーザーが損する方向だけは避けてほしいものです!