「今回もやっぱり世論調査は外れた」「"隠れトランプ支持者"は世論調査には現れてこない」そんな声がメディアやSNSで飛び交っているが、本当にそうなのだろうか? アメリカ政治と世論調査の専門家が"ガチ反論"する!
■"隠れトランプ派"は統計上は「いなかった」
日本でも各メディアが開票速報をリアルタイムで伝えた米大統領選。なかなか勝者が確定しないなか、「今回もまた(4年前に続いて)世論調査が外れた」「世論調査はトランプ支持を低めに見積もりすぎていた」という声が広がった。
その後、開票が進んでバイデンの勝利が事実上確定してからも、日米双方で「最大の敗者は世論調査」といった論調は根強く残っている。
まずは世論調査の名誉(?)のために言っておくと、その時点での世論の動向を示す「調査」と、それを基にした選挙結果の「予測」は別物だ。そして、今回の世論「調査」に対する多くの批判は、どうやら"風評被害"にすぎないとみていいようだ。
現代アメリカ政治を専門とする上智大学総合グローバル学部教授の前嶋(まえしま)和弘氏はこう語る。
「大前提として、世論調査にはプラスマイナス3ポイント程度の誤差があります。それを踏まえた上でここまでの開票結果を直前の世論調査と見比べると、意外な結果といえるのはジョージア州くらいです。世論調査は最大の敗者どころか、最大の勝者だったといってもいいと思います」
では、なぜ「世論調査が外れた」と多くの人が感じたのか? 「調査」と「予測」を混同した批判も多いが、それ以外にも3つの理由がある。
ひとつ目の理由は開票の時差だ。今回の大統領選ではコロナ禍の影響で郵便投票が認められたが、多くの州では投票所で投じられた票(トランプ票が多い)が先に開票され、郵便投票(バイデン票が多い)の開票は遅れた。
また、総じて民主党支持層が多い都市部よりも、共和党支持層が多い郡部や地方で集計が早いケースが多かった。そのため、開票序盤では実態以上にトランプ優勢に見えたのだ。
「開票の序盤に共和党優位に見える『レッドミラージュ』、遅れて民主党が巻き返す『ブルーシフト』という現象は、事前に想定されていたことです。ですから、トランプさんが思ったより強かったというのはあるにせよ、これは世論調査の問題ではなく、それを分析する人のリテラシーの問題です」(前嶋氏)
ふたつ目の理由は、前回(2016年)の大統領選でトランプがヒラリー・クリントンを破った"番狂わせ"の印象が強く残っていたこと。当時の「世論調査や選挙予測は惨敗した」という評価は今や完全に定着しており、今回も「またやっちまった」という風評が生まれやすかったのだ。
とりわけよく指摘されるのが"隠れトランプ支持者"、つまり「調査の際『トランプ支持』と回答しないトランプ支持者」の問題だ。
実は、世論調査で自分の政治的立場を隠す行動は普遍的に見られるものだという。日本でオートコール(自動音声応答)による独自の世論調査を行なっているJX通信社代表の米重克洋氏が解説する。
「どちらかといえばマイノリティな政党や候補者を支持していることを面と向かって言いづらい、という心理を『社会的望ましさバイアス』といいます。
例えば、直接面談して行なわれる調査では立憲民主党の支持率は3~4%なのに、電話で人間のオペレーターが行なう調査なら7~8%、弊社が行なっているオートコールの電話調査だと10%以上の数字が出る、ということもあります。実際の選挙ではオートコールの数字に近い結果が出ることが多いですね」
これと同様に、トランプ支持者は世論調査に正直に答えない、だからその結果はアテにならない......という話は、メディアでは定説のように扱われている。しかし、前出の前嶋氏はこう指摘する。
「もちろん、トランプ支持を公言しないという人はいるのでしょう。しかし、全米世論調査協会の検証の結果、それは統計的に有意なほどの数ではなかったという結論が出ています。つまり世論調査においては、4年前も今年も"隠れトランプ支持者"の影響はなかったということです」
一方、全米世論調査協会は前回大統領選の世論調査について、「トランプ支持層をすくいきれていなかった」可能性に言及している。つまり、従来は選挙に行かないと見なされて調査で手薄になっていた層が、トランプにかなりの票を投じたのではないかということだ。
■トランプはもともと"猛追タイプ"
この点は、「世論調査が外れた」と人々が感じた3つ目の理由、トランプが選挙戦終盤で猛追するタイプであるということにも関連してくる。
「私は前回の大統領選でも、投票直前の世論調査はそれなりに現実をとらえていたと思います。ただ、ヒラリーさんの私的メール問題もあり、トランプさんが終盤にすさまじく支持を伸ばしたこと、その猛追の過程で新たな支持層を掘り起こしたことは間違いない。その部分が織り込まれていない時点での数字を見て、『外れた』という印象を持った人が多かったのでしょう。
今回も、逃げるバイデン、追うトランプという構図は同じで、選挙戦終盤に私は『今の状況は9回裏2アウト、ランナー一、二塁、バイデンが2点リード。ただしバッターはトランプ』という表現をしていました。バイデンさんは決して強い候補とはいえず、盤石なクローザーではない。
一方、トランプさんは勝負どころでムチャ振りをするバッターで、もし当たったらどうなるかわからない、というニュアンスです。結果は、そこからトランプさんがなんとかヒットを打って1点返したが、最後はバイデンさんが前評判どおり逃げ切ったという感じでしょうか」(前嶋氏)
日本の国政では長く自民党一強状態が続いているため忘れられがちだが、選挙はナマもの。直前まで動くものなのだ。その"ナマ感"がもろに出たのが、11月1日に行なわれた大阪都構想の賛否を問う住民投票だった。
実は9月の時点では、各社の世論調査で都構想賛成が反対を大きく上回っていた。しかし、投票日が近づくにつれ賛否は拮抗(きっこう)。そして結果はご存じのとおり、僅差で都構想は否決された。9月下旬から投票直前まで毎週、朝日放送テレビとの共同世論調査を実施した前出の米重氏はこう語る。
「決定打となったのは、投票日の6日前に『都構想による自治体再編には218億円のコストがかかる』という報道が出たことと、それに対する大阪維新の会側の対応があまりうまくなかったことでしょう。
ここで多くの『態度未定者』が都構想反対に流れ、逆転に至ったのだと思います。実際、投票日直前となる10月30日・31日の調査では、初めて反対が賛成を上回りました。
ただ、それ以前から毎週の世論調査では、賛成よりも反対の数字が伸びるという傾向が続いていました。そうして"油"がまかれていたところに、218億円報道が着火したということだと思います」
繰り返しになるが、やはり選挙はナマもの。そして、それでも科学的な手法で行なわれた世論調査は、きちんとそのときの世論を反映しているケースが多いということだ。
■『週刊プレイボーイ48号』(11月16日発売)、大統領選「後始末」の面白がり方総力ワイド特集『「世論調査、アテにならない説」を検証!』より