『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、菅首相によるメディアへの圧力について批判する。
(この記事は、11月21日発売の『週刊プレイボーイ49号』に掲載されたものです)
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「あれ、どこかで見た光景だな」
首相官邸からNHKへ、圧力めいた抗議の電話がかかってきたという話を聞いた瞬間、私はそんな既視感に襲われた。
話は10月26日にさかのぼる。この夜、菅首相はNHKの『ニュースウオッチ9』に生出演をした。そこで日本学術会議の任命拒否問題について、有馬嘉男(ありま・よしお)キャスターから何度も「国民へのていねいな説明が必要なのでは?」と食い下がられた。
問題が起きたのはその翌日のことだ。『週刊現代』によれば、山田真貴子内閣広報官から、「総理、怒っていますよ」「あんなに突っ込むなんて、事前の打ち合わせと違う。どうかと思います」と、恫喝(どうかつ)めいた抗議の電話がNHKの報道局に入ってきたのだという。
報道の内容に事実誤認などがあったならまだしも、国民への説明を求めただけのキャスターの言動を問題視し、政治権力が報道機関にクレームをつけるなんてあってはならない。
なぜなら、体制による不当な抑圧は報道機関を萎縮させ、国民の知る権利を損なう危険があるからだ――こんなことは、このコラムでも何度も述べてきたし、もはや政治権力を持つ者にとっては常識であるはずだ。ところが、菅首相やその周辺にとってはそうではないらしい。
冒頭に「既視感」と書いたのは私も安倍政権の官房長官だった菅氏の周辺から圧力をかけられ、テレビ番組を降板した経験があるからだ。
2015年1月のことだ。当時、コメンテーターとして出演していた『報道ステーション』(テレビ朝日系)で、私は安倍首相(当時)の中東での演説を批判した。
すると、その直後に官邸から抗議電話がテレビ朝日の上層部にかかってきたのだ。そのときの電話の主も菅氏の秘書官を務めている人物だった。
どうやら、菅首相は報道機関が政権の意に沿わないニュースを流すと、秘書官や広報官など、子飼いの官僚を使ってメディアに圧力をかけることがお得意らしい。
こうしたことが常態化すると、官僚はますます権力者の意向を忖度(そんたく)し、明確な指示がなくても先回りしてメディアに抗議をするようになる。すると、メディアも官邸に取材ができなくなることを恐れ、権力者のいやがる報道を控えるようになる。これも忖度だ。
実際、『ニュースウオッチ9』に山田広報官から抗議の電話があったことを伝えたのは週刊誌やネットメディアだけ。NHK自身もほかの大手メディアも沈黙を守った。そんな官僚と大手メディアの二重忖度の構造の先に待つのは、権力の暴走であり、強権政治である。民主主義にとってよいことではない。
思えば、秋田の雪深い地から上京し、苦学の末に政治家になった叩き上げと自ら喧伝(けんでん)したかいあって、菅首相の人柄は世論から比較的好感を持たれている。政権支持率も5割台をキープし、支持の理由として「首相の人柄が信頼できる」が上位にあるのはそのためだろう。
だが、政権発足から2ヵ月、日本学術会議の会員候補の任命拒否、そしてNHKへの恫喝めいた抗議と、そこに見えるのは強権的、高圧的な姿である。
「パンケーキ好きの令和おじさん」というソフトなイメージは虚飾にすぎない。その仮面の下の素顔に国民がいつ気づくのか。気づいたときはもはや手遅れということになっていなければよいのだが。
●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中。最新刊『日本を壊した霞が関の弱い人たち 新・官僚の責任』(集英社)が発売中。