『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、賢者たちが陰謀論に陥っていく理由について考察する。

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なぜ陰謀論がこれほどまで広く浸透してしまうのか―これは現在、社会的議論のひとつになりえる議題でしょう。とりわけ僕が最近気になっているのは、精緻な論理や地道な調査や哲学的な思考を武器に仕事をしてきたはずの人が、あるときからデマゴーグに変貌してしまうケースです。

例えば、米ニュースサイト『ザ・インターセプト』の共同創業者、グレン・グリーンウォルド氏。彼はエドワード・スノーデン氏の告発を元にしたNSA(米国家安全保障局)関連の暴露報道において中心的な役割を果たし、英紙「ガーディアン」にピュリツァー賞をもたらした一流ジャーナリストです。

しかし、昨秋の米大統領選挙に際しては、バイデン新大統領の息子であるジョー・バイデン氏に関する真偽不明の(というより、限りなくデマに近いと言っていい)記事を『インターセプト』に複数公開しました。

ファクトを積み上げ、それを説得力あるストーリーに編むことで広く一般人の心をつかみにいく。これがジャーナリストのあるべきスタンスだと思いますが、グリーンウォルド氏によるジョー・バイデン関連の記事群は、事実よりも"到達したい答え"ばかりを優先し、それを導く証拠も示さない。

挙句、記事の信憑(しんぴょう)性に疑義を呈した編集部と対立して退社し、「編集チームに抑圧されていた」と古巣を非難する始末です。

もう一例、今や完全に"ヤバいトランプ派"の有名人になってしまった弁護士のシドニー・パウエル氏も挙げておきましょう。先の大統領選を不正選挙だと主張し、Qアノン系の陰謀論をアクセル全開で拡散する彼女は、実は1978年に女性として初めて最年少の連邦検察官に抜擢(ばってき)され、弁護士としても輝かしいキャリアを重ねてきたスーパーエリート。

しかし2000年頃から法廷での怪しげな発言が目立ち始め、すっかり陰謀論者となった最近では、地元ノースカロライナの地方紙が「なぜ彼女はこうなった?」と検証する記事を掲載するほどの体たらくです。

賢者たちはなぜ"闇落ち"してしまうのか? 僕にもまだ確たる答えはありませんが、おそらく評論や言論という行為そのものに、人の価値観や世論に影響を与えるという"快楽"への誘惑が内包されているのだと思います。

特にこのSNS時代には、シロウトも専門家も入り乱れる言論空間である種の「共犯関係」が成り立っている。ロックスターのように祭り上げられて称賛を浴びる快感と、そのロックスターの言論を自分の好きなように我田引水して関心や共感を得ることの快感―言論の出し手と受け手の双方に快楽原則が働いているといえます。

その波に溺れ、事実や倫理よりも"ファンや仲間の反応"ばかり見るようになってしまうと、だんだん自分を客観的にとらえられなくなる。当初は快楽との間に適度な距離感があったはずが、いつしか"無限の正義"の代弁者になっていく......。そんな構図はぼんやりと見えます。

しかし、その"闇落ち"の決定打はなんなのか、彼らは「どこ」で「何」に負けたのか、その答えはまだ判然としません。ただ、言論空間全体がこのような状況である以上、どんなに冷静で有能な人であっても"闇落ち"のリスクはある。自戒を込めて、2021年も頑張りたいと思います。

●モーリー・ロバートソン(Morley ROBERTSON)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。レギュラー出演中の『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『所さん!大変ですよ』(NHK総合)ほかメディア出演多数。2年半に及ぶ本連載を大幅加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!