中国政府や企業が運用する「海洋調査船」の活動領域が近年、西太平洋の米領グアム周辺まで急速に拡大している。
国連海洋法条約(以下、海洋法)には、原則として海洋調査には沿岸国の同意が必要と明記されている。しかし、日本経済新聞の報道(2月1日付)によれば、この1年間で他国の排他的経済水域(EEZ)などで、沿岸国の同意を得ずに不審な活動をしたとみられる中国の調査船は10隻以上に上るという。
『侮ってはならない中国 いま日本の海で何が起きているのか』(信山社新書)の著者で、同志社大学法学部の坂元茂樹教授(国際法)はこう説明する。
「海洋法第96条には、『非商業的役務にのみ使用される船舶に与えられる免除』という記述があり、いわゆる『公船』であれば旗国以外のいずれの国の管轄権からも完全に免除されると定められています。
中国側は、たとえ調査船が民間船舶であっても政府が委託している以上は公船である、したがって海洋調査は可能だ、という立場を取り、以前から南シナ海のフィリピンやマレーシア、ベトナムのEEZでも一方的に海洋調査と称する情報収集活動を行なってきた経緯があります。
昨年7月には、日本のEEZである沖ノ鳥島の南側海域において、中国の調査船がワイヤーを海中へ伸ばしたり、観測機器を海中に投下したりしているのを日本の海上保安庁が発見しました。海保は調査の中止を無線と電光掲示板で求めましたが、中国調査船は19日間にわたって違法行為を行ないました」
もちろん、この「調査」の本当の目的は資源や生物ではない。グアム周辺まで活動を拡大させている中国の狙いについて、フォトジャーナリストの柿谷哲也氏はこう語る。
「米海軍幹部の話では、グアム周辺の米艦艇や航空機からの電波傍受、訓練で使用し廃棄された装置などの回収、海底への監視機器の設置などが行なわれている可能性があるそうです。
また、日本の沖縄東方からグアムにかけては、日米が日頃から実戦的な訓練を行なっている海域が多い。そこに調査船を継続的に送り込めば、米海軍や海上自衛隊の戦術を調べることもできます。
そして最大の目的は、やはり自国の潜水艦の活動海域を拡大することでしょう。潜水艦作戦に必要不可欠な海水温、潮流、深度、塩分濃度、海底地形といったデータを収集していることは間違いありません。
AIS(自艦の位置を知らせる信号)を出さない調査船は航跡記録に残らないため、実際に活動している隻数は報道よりもさらに多い可能性が高いと思います」
前出の坂元教授はこう警告する。
「中国は海軍や巡視船、調査船の装備の大型化、近代化といったハードの面だけではなく、国際法の穴を突くようなソフト面の研究も積み重ねています。国際社会は厳しい対抗措置を考えるべきです」
もし中国海軍の原子力潜水艦がグアム近海まで自由に活動できるようになれば、米全土が潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)による核攻撃の射程に入り、米中の軍事バランスは激変する。このゴリ押しを止める手段はあるのか?