『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、昔も今も変わらない日本政府の及び腰外交を批判する。
(この記事は、4月5日発売の『週刊プレイボーイ16号』に掲載されたものです)
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中国政府による新疆(しんきょう)ウイグル自治区やミャンマーでの深刻な人権侵害に対して国際社会が批判を強め、経済制裁を科すなどの動きに出ている。
ところが、そのなかで日本の姿は目立っていない。政府は「国際社会と連携を深め、中国やミャンマー政府に働きかけることが重要」(加藤勝信官房長官)と言い張っているが、EUやアメリカ、カナダなどのように、中国当局者やミャンマー国軍関係者に入国禁止措置や資産凍結を科すといった具体的なアクションは起こしていない。
思い出すのは、1989年の天安門事件のときの日本政府の対応だ。国際社会が一斉に対中制裁に乗り出したのに対し、日本はG7で唯一、中国の孤立回避を訴えて共同制裁に加わろうとはしなかった。
それだけでなく、西側首脳としていち早く91年に当時の海部俊樹(かいふ・としき)首相が訪中するなど、世界から見ると抜け駆け外交のような行動に出た。
そのとき、日本政府が自己正当化のために持ち出した理屈が、「日本は先進国のなかで中国と対話ができる唯一の国」というものであった。この姿勢は今も変わっていないのか、デモ参加者を弾圧し、100人以上の死者を出したミャンマー国軍の暴挙を前にしても、具体的な制裁への参加は明言せず、昔からつながりがある国軍幹部との接触を通して説得しようという構えでいる。
人権弾圧に甘い国、日本。その姿は国際社会にどう映るのだろうか? 日本は現在、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの計5ヵ国による機密情報共有の枠組み「ファイブアイズ」への仲間入りを希望している。自由や人権など、共通の価値観を持つ国同士が情報共有することが、世界の平和や安定に役立つという理由からだ。
しかし、その一方で中国やミャンマーに対して及び腰の態度を取り続けている日本は、人権を重視する国々や、日本に信頼を寄せる各国の市民から「ダブルスタンダード」として認識され、信頼を得ることはないだろう。
今の日本政府は、果たして人権尊重や民主主義という先進国の基本となる価値観をどれほど大事にしているのだろうか、と疑いの目を向けたくなる。特に2012年末からの自民・安倍政権は、この価値観を共有する国、つまりアメリカとの連携強化を理由に、軍事費増額や秘密保護法制定などを進めてきた。しかし、それは方便にすぎず、本当は防衛利権の拡大や、海外で戦争できる体制を整えることが目的だった、と私はみている。
今の日本政府にとっては、人権尊重も民主主義も、お題目にすぎない。だからこそ、経済で関係の深い中国やミャンマーの人権侵害に対しても言葉だけの批判に終始し、欧米諸国のようには具体的な制裁に乗り出さないのではないのか。
また、制裁に及び腰の日本の姿勢が中国やミャンマーに見くびられるリスクも見逃せない。何をしても文句を言ってこない安パイの国となめられかねない。結局、日本は世界中から軽蔑されるだけだ。
今月に行なわれる菅首相とバイデン米大統領の初会談や6月に開催されるG7において、日本が制裁参加を求められる可能性は極めて高い。その席でこれまでのような二重基準のコウモリ外交を繰り返してはいけない。
●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中。最新刊『日本を壊した霞が関の弱い人たち 新・官僚の責任』(集英社)が発売中。