『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、東京五輪開催の是非をめぐり紛糾する国会に言及する。
(この記事は、5月24日発売の『週刊プレイボーイ23号』に掲載されたものです)
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「五輪中止」をめぐる議論が盛んだ。五輪実施の可否が今後の政局を左右するから、議論が白熱するのは理解できる。しかし、それが行きすぎると、おかしな考えが生まれてくるようだ。
例えば先日、ある立憲民主党の有力な支持者と話した際、こんなセリフを耳にして驚いた。
「東京の新規感染者数は意外と増えないね。これだと五輪は開催できるかもしれない。それだと菅政権の思うつぼだ」
どうやら、コロナの感染拡大→五輪中止→菅政権の支持率のさらなる低下→政権交代というシナリオを思い描いているらしい。この人物はすでに定年退職した高齢者で、近いうちにワクチン接種を控えている。その安心感からか、すでにコロナ禍をわが身のことではない、対岸の火事として見ているようだった。
一方で、ある自民支持の経営者はこう話した。
「日本におけるコロナ感染による死者の数は欧米などと比べると格段に少ない。だから、五輪中止なんてもってのほかだ。五輪開催中に多少感染が拡大したとしても、ワクチン接種が進めば秋には落ち着き、菅政権の支持は上向くよ。その間に少しくらい死者が増えたって大したことじゃないさ」
どちらの物言いにも強烈な違和感がある。前者は自民党政権が憎いあまりに思わず漏れてしまった本音だろうが、普通なら口にはできない言葉だし、後者も、政権維持のためなら人命なんかどうでもよいという本音が見える。
もちろん、両者は極端な例かもしれないが、なりふり構わず五輪開催に突き進む菅政権と、敵失批判以外に政権交代の道筋を見いだせない野党という日本の政治の現状が、与野党いずれの支持者かを問わず、国民の倫理観を歪(ゆが)める事態にまで至ってしまったのではないかと、慄然(りつぜん)とする思いだった。
今はコロナの感染拡大を抑え、人命を救うことが最優先の課題なのは言うまでもない。そして、自粛のなかで失業したり、生活が苦しくなっていたりする人々を社会全体で支えていかなければならない。その上で感染を収束できて五輪を開催できればラッキーだし、収束できなければ残念だが、国民の命と暮らしを優先してIOCに中止を申し出るしかない。それだけのことだ。
しかし、五輪開催の是非に関する議論は、そうした国民の当たり前の考えから乖離(かいり)して、与野党の党利党略的な思惑ばかりが優先されている。
こんな調子で今秋に実施される衆議院選挙はどうなるのだろうか? 本来ならば、この選挙はコロナ対策をはじめとするこれまでの菅政権の施策や、各政党が打ち出すポストコロナに向けた政策に、有権者が評価を下す場にするべきだ。
コロナ禍で、日本の国民は、さまざまな分野でわが国が世界に後れを取っていることを思い知り、「日本はもはや先進国と呼べなくなってしまったのでは?」と心配し始めた。次の総選挙では今後の日本の成長を左右するグリーン成長戦略やDX(デジタルトランスフォーメーション)戦略、さらに格差問題などをしっかりと論議しなくてはならない。
しかし、与野党支持者が相互に憎み合う状況のままなら、選挙戦は不毛な非難合戦で終わるだろう。その先に待つのは日本のさらなる沈滞だ。今こそ国民の分断を乗り越え、未来に向けた前向きな議論を始めるときだ。
●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中。古賀茂明の最新刊『日本を壊した霞が関の弱い人たち 新・官僚の責任』(集英社)が発売中。