『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、後期高齢者の医療費負担を増やす改正法は現役世代に配慮した法改正に見えるが、まだまだ改善の余地はあると指摘する。
(この記事は、6月21日発売の『週刊プレイボーイ27号』に掲載されたものです)
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6月4日、原則1割となっている75歳以上の医療費の窓口負担を、単身世帯で年収200万円以上を対象に2割に引き上げる改正法が成立した。
後期高齢者の医療費は財源の約4割が現役世代の加入する国民健康保険や被用者保険からの支援金で賄われている。この改正で年830億円の支援金が浮くというから、バカ高い保険料に悩まされている現役世代にはグッドニュースと呼べるかもしれない。
とはいえ、まだまだ改善の余地はある。一見、現役世代に配慮した法改正に見えるが、高齢者、特に富裕層に有利な抜け穴が巧妙に温存されているのだ。
抜け穴のひとつは負担の割合が「収入」を基準に決められ、資産状況が反映されていないことだ。例えば、数億円の貯金を保有し働かなくても楽隠居できるリッチ層は、勤労して得た収入がないので医療費は1割負担で済む。ところが、無貯金や低年金などで働かないと生活できない高齢者は、収入が200万円を超えるとたちまち2割負担を求められることになる。
もうひとつの抜け穴は、金融所得の扱いだ。株式配当などを確定申告せず、20%の源泉徴収だけで課税を済ませた場合、その所得は保険料の算定対象に含まれないというルール(申告不要制度)になっている。つまり、ある後期高齢者に多額の金融所得があったとしても勤労所得が200万円以下なら、その高齢者は窓口負担1割でよいことになるのだ。
株式投資でマイナスが出たときの優遇策もある。老後の株式投資のA口座で1000万円の儲けが出て、B口座で500万円損した場合、全体では500万円の利益なのに、申告不要制度を使っていると、A株の利益に対する20%、200万円の税金が取られる。
そこで投資家は、あえて確定申告をすることで損益通算して株の利益の税金の一部を取り戻すことができる。しかしその場合、保険料のほうが大幅にアップするケースがままある。金融所得により全体の収入がアップし、税率も上がるからだ。
だが、そこにも抜け道がある。「所得税では金融所得を申告して合算してもらうが、住民税では申告不要制度を利用することが可能」とされているのだ。
どういうことか? 保険料は、所得税ではなく、住民税の課税対象となる収入額を基準に決められる。そして、所得税では確定申告しても、住民税のほうでは金融所得の申告をしなくていいのなら、その分収入を低く抑えられ、保険料の窓口負担も1割に抑えられるというわけだ。不公平温存の法改正と言わざるをえない。
政府・与党はこうした富裕層優遇策を全廃するため、マイナンバー制度を全面的に活用すべきだ。マイナンバーで納税者の収入や資産を全把握し、そのデータを基に適正な保険料や納税額をはじき出す。そうすれば、裕福な高齢者から適正な医療費を徴収でき、貧困に苦しむお年寄りが多額の保険料に泣いたり、現役世代が重い保険料の負担に苦しんだりする矛盾もなくなる。
この仕組みを実現するためには、マイナンバー活用が不可欠だが、国民には政府への不信感が強く、実施には反対の声も出るだろう。だが、医療費負担の不公平是正、さらには富裕層への課税強化のために使うと言えば国民は賛成するはずだ。DX推進にもなる一石二鳥のこの政策を一刻も早く実施すべきだ。
●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中。古賀茂明の最新刊『日本を壊した霞が関の弱い人たち 新・官僚の責任』(集英社)が発売中。