森友学園をめぐる財務省による文書改ざんの過程をまとめた「赤木ファイル」が、ついに開示された。だが、改ざんを指示した職員の名前は黒塗りだったことなど、まだまだ謎は多い。

問題の核心に迫る同ファイルを記し、自死した赤木俊夫さん。その遺志を継いだ、妻・雅子さんの「真実」を追求する戦いは、まだ始まったばかりだ。そして、財務省が狙う"反撃シナリオ"とは? 『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が解説する。

(この記事は、7月5日発売の『週刊プレイボーイ29号』に掲載されたものです)

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■「赤木ファイル」に秘められた可能性

森友学園への国有地売却をめぐる財務省による決裁文書の改ざんを強要され、その後自死された近畿財務局職員、赤木俊夫さんが遺(のこ)した「赤木ファイル」が、6月22日に公開された。ファイルの内容などについては、かなり報道されているが、まだ伝わっていないことも多い。

実は、私は先日、赤木氏の妻・雅子さんと彼女の代理人である生越照幸(おごし・てるゆき)弁護士と各々電話で話す機会を得た。本コラムでは、そこで新たにわかったことや、雅子さんが語った思いを交えながら本件について解説したい。

赤木ファイルは、雅子さんが国と佐川宣寿(さがわ・のぶひさ)理財局長(当時)を相手取った裁判の中で開示されたもので、その分量は518ページにも及ぶ。

ファイルの冒頭部分に「決裁済みの文書の修正は行なうべきでないと財務省本省に強く抗議した。本省が全責任を負うとの説明があったが納得できず、過程を記録する」と書かれた言葉は、改ざんを闇に葬ってはならないという赤木さんの強い意志を表している。

この文書の中には極めて重要な事実を示すものがいくつか含まれている。過去の財務省の調査報告では、改ざんは「佐川宣寿理財局長(当時)が決定づけた」とあるだけで、改ざんの命令系統や動機はあいまいなままになっていた。しかし、このファイルの中にあった2017年3月20日付のメールには「佐川局長の直接指示」とある。

修正・削除すべき部分として、本省側が安倍昭恵氏の名前などにわざわざマーカーした決裁文書のコピーも見える。改ざんの指示が極めて具体的で、しかも組織ぐるみだったことがわかる。

公文書改ざんは官僚が勝手に行なったというのが政府の立場だが、こんな重大犯罪をいち官僚の判断でできるはずがない。

17年2月17日の衆院予算委で、安倍晋三前首相は「私や妻が(土地取引に)関与していれば、総理大臣も国会議員も辞める」と答弁しており、改ざんはその答弁から前首相を守るためのもの。だから政治家が関与しているはずという見立てがもっぱらだ。赤木ファイルはその闇を解明する材料のひとつとなる。

■「和解勧告」という幕引きをさせるな

ただし、限界もある。この裁判は公文書改ざんを強要された赤木さんが自死に追いやられたことに対する、国や佐川元局長への民事訴訟(総額1億1000万円の損害賠償)にすぎないからだ。

改ざんがどのように赤木さんに精神的ダメージを与えて自死に至らしめたのかが審理の中心で、公文書改ざんの違法行為そのものを裁くわけではない。森友学園への国有地売却の違法性はさらに関係が薄くなる。

しかも、最高裁の判例では、公務員の不法行為による損害の賠償責任は国にあり、公務員個人には及ばないとされている。今回も佐川元局長個人の責任については門前払いとなり、本人に問いただす機会が与えられない可能性が高い。

だが、雅子さんはその限界をわかって訴訟に踏み切った。彼女の目的は賠償金ではない。なぜ夫が自死を選ばなくてはいけなかったのか、その真実を知りたいという一点に尽きる。

そのために、雅子さんは賠償金請求の裁判における審理を通じて、どうして、かつどのようにして改ざんが行なわれたかを少しでも明らかにしようと、たったひとりで国家権力に立ち向かっているのだ。「赤木ファイル」の公開は真実に近づく第一歩にすぎない。改ざんを告発した夫・俊夫さんの遺志を継ぐ戦いの道のりは気が遠くなるほど長いのだ。

雅子さんの「権力」に対する「恐怖感」はいかばかりか。彼女は、積極的にマスコミの取材に応じている。しかし、今も顔出しはできない。「とっても怖いですから」と語る彼女の声を聞けば、多くの人は彼女を応援しなければという思いを強くするのではないか。

だが、そんな雅子さんの胸中を逆なでするかのように、麻生太郎財務相は赤木ファイル公開直後の会見で、再調査を拒絶した。雅子さんは私に「再調査される側の麻生さんが再調査を否定するなんてひどい。職員の命を奪っておきながらこれまで一切責任を取らずに逃げてきた。(同じ)人間とは思えない」と語った。

さらに驚いたのが安倍前首相周辺の言動だ。赤木ファイルに「現場として(森友学園を)厚遇した事実はない」との記述があることを取り上げ、安倍氏のツイッターで「この事実が所謂(いわゆる)『報道しない自由』によって握り潰(つぶ)されています。《秘書アップ》」と発信したのだ。だが、すでに近畿財務局がこうした見解を述べていて、しかも何度も報じられたというのが真実だ。

実は、赤木さん本人は土地売買にまったく関与していない。しかも雅子さんによれば、赤木さんは財務本省が近畿財務局に責任を押しつけようとしたことを怒っていたそうだ。

死の直前の赤木さんのメモにも「下部がしっぽを切られる」という言葉がある。つまり、本省への怒りから森友学園「厚遇」の責任は「現場」にはないと抗議したかったのだろう。それをあたかも自分の無関与を証明する証拠のように「悪用」する安倍前首相。雅子さんは私に、「あきれ果てる」と悲しそうにつぶやいた。

今後の裁判の見通しはどうなるのか? 理想は審理を通じて森友事件の全容が明らかにされることだ。例えば、17年2月22日に佐川元局長が菅 義偉官房長官(当時)に官邸に呼ばれ、国有地売却の経緯などを説明したことがわかっている。その会議の内容が明らかになれば、全体像解明が進むのは間違いない。

ただ、財務省はそれを妨害するはずだ。最も"効率的"なシナリオは、赤木さんの自死の責任をあっさりと認め、損害賠償額だけを争うという展開だ。

現状、財務省が雅子さん側と争っているのは、簡単に自らの非を認めると賠償金を払って事実を隠したまま幕引きをしようとしていると見破られるのを恐れたからだろう。今後、財務省は裁判官からの和解勧告を待つか、あるいはわざと負けるかもしれない。賠償金が1億円になっても政権にとっては大した金額ではないからだ。

そんな幕引きを許すかどうかのカギは世論が握る。裁判官も人の子。国民の応援を感じれば、真実の解明に努力するはずだ。

この裁判は日本の民主主義にとっても大切だ。森友事件の闇は深い。これを放置すれば国民不在の強権政治が進み、民主主義は破壊される。真実の解明という赤木さんからの重い宿題は雅子さんにではなく、われわれ国民に課されたものなのだ。

●古賀茂明(こが・しげあき) 
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中。最新刊『日本を壊した霞が関の弱い人たち 新・官僚の責任』(集英社)が発売中

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