『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、物価と賃金が一向に上がらない日本は、賃金上昇を誘導する策を打つ必要があると指摘する。

(この記事は、7月19日発売の『週刊プレイボーイ31・32合併号』に掲載されたものです)

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日本経済新聞に6月22日から25日にかけて掲載された「安いニッポン ガラパゴスの転機」という連載特集では、世界的な物価上昇のなかで、物価と賃金が一向に上がらない日本の窮状がわかりやすく紹介されていた。ひと言で言えば"世界標準価格"が日本国内にも波及し、日本人の負担感が他国に比べて重くなっているという現象である。

例えば、今年2月「ネットフリックス」は月会費の値上げに踏みきり、スタンダードプランは170円アップの1490円となった。同社は日本向け価格を参入当初は低く抑えていたが、その水準を今回行なった2年ごとの価格改定で世界標準に近づけたため、日本の値上げ幅は先進国で最も大きいものになった。

また、最新鋭のスマホ「iPhone 12 Pro Max」の価格(12万9580円)は、アメリカの平均月収の約25%だが、日本だと約45%にもなる。

このギャップの原因は、賃金が低いことにある。アメリカ、ドイツ、オーストラリアといった先進国は物価も上がっているが、それ以上に賃金も上がっている。一方で日本は、物価は長期にわたりほとんど上がらず、賃金は逆に下がり続けている。

このことは日本の購買力の低下だけではなく産業の活力にもダメージを与える。例えば、日本が世界に誇るエンタメ産業であるアニメ業界でもアニメーターの低賃金を放置した結果、優秀な人材が中国に流出し、アニメの品質でも中国に負ける事例が相次いでいるという。

経済成長に伴い物価と賃金が上がるのが理想だが、今の日本にそれを望むのは難しいかもしれない。なら多少無理をしてでも、賃金上昇を誘導する策を打つ必要があるのではないか。

そのひとつとして挙げられるのは「最低賃金のアップ」だ。政府は今年の「骨太の方針」で、早期に1000円への引き上げを目指すとし、7月14日、厚労省の諮問機関・中央最低賃金審議会は、2021年度の最低賃金を従来の時給902円から930円(全国平均)に上げると決定した。

しかし、それでも1300円を超えるイギリスやフランスよりかなり低く、今や韓国に追い越される寸前である。政府は全国労働組合総連合(全労連)が要望する「1500円」を目標として掲げなければならない。

ただし、過去30年間企業のために賃金抑制政策を採り続けたツケを短期間で返すのは難しい。10年ぐらいを見越した中長期プランを策定し、3年後〇%アップ、5年後〇%、10年後〇%といった具合に数値目標とその期限を設けることが必要だ。

人件費の高騰で短期的には中小企業などが苦境に立つだろう。最低賃金引き上げを雇用削減や正社員の給与水準を抑制してしのごうとする企業も出るはずだ。

だが、人手不足で賃上げの環境は整ってきた。ゾンビ企業の延命にならない範囲で、賃上げを実施する企業への助成措置をセットにすれば、多くの企業は前向きに取り組むはずだ。その財源確保のために富裕層への課税を強化すれば、格差是正にもなり、一石二鳥の政策になる。

何より大切なのは、政府・財界・労働者の意識改革だ。高い賃金を払う企業でなければ生き残れないという危機感を共有し、それを実現するための変革とイノベーションを起こす。その先導役を担うために政府は、「賃上げ担当大臣」や「賃上げ庁」の創設を真剣に検討すべきだ。

●古賀茂明(こが・しげあき) 
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中。最新刊『日本を壊した霞が関の弱い人たち 新・官僚の責任』(集英社)が発売中

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