「背中を刺された」「やり方がトランプ並み」――。フランスがアメリカやオーストラリアに対して激怒し、両国から大使を召還する騒ぎになった(その後、駐米大使は復帰が決定)。
理由は、オーストラリアがフランスと2016年に結んだ通常動力型潜水艦の共同開発の計画を破棄したこと。
そして、代わりに米英豪による新たな安全保障の枠組み「AUKUS(オーカス)」の中で、当面はアメリカから原子力潜水艦をレンタル、そしてその後は米英と共同製造するという計画が発表された。つまりフランスからすれば、いきなり巨額の開発契約を横取りされたという構図になる。
まずは、オーストラリアが現在保有している「コリンズ級」に代わる新型潜水艦12隻の開発計画をめぐる"迷走"の経緯を振り返ろう。
●14年、豪アボット政権が日本の通常動力型潜水艦の導入を検討。日本はこの大型プロジェクトのために防衛装備の輸出を事実上解禁したが、ドイツ、フランスも参入し入札競争が過熱。
●16年、豪ターンブル政権が仏原潜「バラクーダ級」を通常動力型に変更した「アタック級」として設計し直すフランス案を選択。
●19~20年、計画の大幅な遅れが表面化。1番艦の引き渡しが35年頃、12隻そろうのは54年頃となり、兵器の性能が"陳腐化"する恐れが指摘される。
また、現地での建造設備の高騰などで12隻の価格は約7兆2000億円(1隻当たり約6000億円。ちなみに日本製潜水艦は643億円、米原潜は約3800億円)、運用費用も含めると総額約16兆円にまで膨れ上がり、豪国内で批判が高まった。
軍事アナリストの毒島刀也(ぶすじま・とうや)氏はこう指摘する。
「フランスは図面さえない段階で『割安』『国内製造可能』『原潜へのスイッチも可能』と言葉巧みに売り込み、自国製造による雇用確保にこだわった豪政府がそれに乗ってしまったことが迷走の原因です。
しかし、現在の『コリンズ級』は航続距離が短く、激動する国際情勢に対応できない。また、老朽化した同艦の退役が20年代後半から始まるため、このままでは日米豪印の対中国連携『クアッド』にも穴があいてしまう。
それを懸念した米英が、原潜のレンタル案で助け舟を出したということでしょう。
ただし原潜の整備・訓練・運用には高度な機密が伴うため、通常の商業契約よりも縛りのきつい軍事同盟として『AUKUS』を結んだわけです」
今のところ豪海軍は原潜8隻を順次、調達する見込みだというが、日本にとって注目すべきは、米軍が初めて原潜を1隻丸ごとレンタルする試みに乗り出したという事実だ。
「日米の間にはもともと軍事同盟が存在する上、クアッドの動きも活発化していく。バイデン政権が今後、航続距離がほぼ無限の原潜を日本に貸与することで、南シナ海などの対中国包囲網におけるより長期間の潜水艦作戦を求めてくる可能性も考えられるでしょう」(大手紙外信部記者)
トランプ政権のような露骨な金銭要求はなくとも、バイデン政権も「内向き傾向」は変わらない。日本が"前線仕事"を担わざるをえない場面が増えるとすれば、原潜レンタルもあながち荒唐無稽な話ではなさそうだ。