バイデン政権が進めていた米軍の完全撤退を待たず、首都カブールが陥落し、20年にわたるタリバンとの戦争から「敗走」するアメリカ。

9・11後の2003年から約2年半、アメリカ軍事作戦下のアフガニスタンで、武装解除を指揮した経験を持つ伊勢﨑賢治(いせざき・けんじ)氏は、この戦争は日本人にとってもひとごとではないと訴える。この「アフガン敗戦」の意味を聞く。

*この記事は、『週刊プレイボーイ38号』(9月3日発売)に掲載されたものです

■日本も「敗戦国」として救う責任がある

――首都カブール陥落後のアフガニスタンの現状をどのように見ていますか?

伊勢﨑 今は何よりもまず、米軍の完全撤退後も国内に取り残され、タリバンの迫害を受ける可能性があるアフガニスタン人たちを救出することが最優先です。

具体的には、ガニ政権下の役人や国軍の兵士、警察官、それに米軍、NATO(北太西洋条約機構)軍、国際協力NGOの支援プロジェクトのために働いていた通訳などの現地人スタッフやその家族の身に危険が及ぶ可能性があり、救出しなければなりません。

これがアフガニスタンから敗走する欧米各国に共通する最重要課題で、8月末の米軍撤退期限までに、すでに1万人以上を国外に脱出させたアメリカやイギリスをはじめ、ドイツ、フランス、韓国なども数百から数千人規模の救出作戦を敢行しています。

日本も自衛隊の輸送機3機を派遣し、日本大使館やJICA(国際協力機構)、NGOのスタッフとして働く数百人のアフガン人、日本で学び現地で活躍していた元留学生を救出する予定でしたが、8月26日にイスラム過激派組織IS(イスラム国)が空港付近で起こした自爆テロの影響で、彼らを乗せたバスが空港にたどり着けなかったことは、今回の派遣を政府に働きかけた者のひとりとして本当に悔しいです。

――結局、自衛隊機は日本人ひとりとアフガン人14人しか救出できなかったようですが救出作戦は失敗だった?

伊勢﨑 いいえ、まだ終わっていません。脱出を希望している人々の支援は、引き続き周辺国にとどまる外務省職員などがあたるとしています。

日本政府には米軍撤退後もタリバン政権と交渉を続け、残されたスタッフの脱出を実現するためにインターネット経由で「命のビザ」を発給するなどして、なんとしても彼らを救出する義務がある。

なぜなら日本も、2001年のアメリカ同時多発テロ(9・11)後、自衛隊によるインド洋での給油活動に始まり、アフガニスタンの新しい国造りに関わってきた「敗戦国」のひとつだからです。

ところが、カブール陥落の翌々日に、大使館の日本人職員12人が英国機で国外に退避したと聞いて驚きました。少なくとも数人のチームを現地に残し、カブール空港内に臨時デスクを置くなどして、残された人たちの脱出を支援すべきでした。

日本のために働いてくれたアフガニスタン人やその家族を見捨てて、日本人だけが逃げ出したままでは、日本は国際的にも「卑怯(ひきょう)者の国」になってしまいます。

ところが日本では、政府もメディアも国民も皆「邦人保護」しか頭にない。日本がこの「アフガン敗戦」の当事国で、これまで自分たちと共に働いてきたアフガニスタン人を救う責任があるという自覚がないのが問題です。

――米軍の撤退でガニ政権が一気に崩壊し、これほど大きな混乱が起きることは予想されていたのでしょうか?

伊勢﨑 まず、米軍のアフガンからの撤退はバイデン政権が決めた方針ではありません。すでにオバマ政権の末期、2014年頃からアメリカは「この戦争に勝てない」と悟り、段階的な撤退を開始した。

それと入れ替わるように、地方では着実にタリバンの実効支配地域が広がっていました。その後、トランプ政権が正式に撤退を表明。ガニ政権の崩壊が時間の問題だったのは事実だと思います。

ただし、バイデン大統領が今年4月に「米軍を9月11日までに完全撤退させる」と明言したのはあまりにも無責任な話で、タリバンとの具体的な合意もないまま、いきなり完全撤退を宣言するとは米軍や国防省の人も考えていなかったはずです。

以前、アフガニスタンで共に働いた米軍の将官クラスの友人も、バイデンの発言直後に連絡をくれて「信じられないよ」と言っていました。

しかも驚くべきことに、バイデン政権は米軍と一緒に戦ってきたNATOとの間で、事前に十分な調整もせず決めてしまった。ドイツのメルケル首相が公然とバイデン大統領を非難したのもそのためで、アメリカの無責任な行動がNATOの絆まで壊してしまったのです。

――タリバンとの合意の下での米軍撤退は現実的に可能だったのでしょうか?

伊勢﨑 少なくとも対話の場はありました。トランプ政権の時代に米軍とタリバンの和平協議がカタールのドーハで続いていて、今年5月の撤退でタリバン側と合意しています。

しかし、現実的に5月の撤退は難しく、バイデン政権はタリバンに断りもなく撤退期限を9月に延期。「9・11から20年の節目」という象徴的な日を、政治的に利用したいという思惑があったのかもしれませんが、これにタリバン側が怒るのは当然で、両者の交渉は決裂したのです。

■新生タリバンをコントロールできるか

――この先、タリバン政権下のアフガニスタンは「テロリストの温床」になる?

伊勢﨑 それは今後のタリバン政権と、そのタリバンに国際社会がどう対峙(たいじ)していくか次第だと思います。

日本人の中には「タリバン=テロリスト」のように誤解している人も多いですが、タリバンとは本来イスラム教に基づく世直し運動のような「ムーブメント」です。

そのタリバンが9・11後、テロとの戦いを掲げてアフガニスタンに侵攻したアメリカ連合軍、そしてアフガニスタン国軍と戦い続けてきた。

ただし、そのなかで「コアファイター」と呼ばれる明確な指揮命令系統を持つ戦闘員は5万~6万人程度とされ、普通なら24万人のアフガン国軍+アメリカ連合軍と戦っても勝てるはずがない。

それがなぜ勝てたのかといえば「その他大勢」がいるからで、これまでアフガン政府が国軍や警察の補完勢力のように使っていた、地方の武装勢力や軍閥といったヤクザのような連中が次々と寝返り、タリバンの側についた。

さらに給料の未払いが続く国軍の兵士がやる気をなくし、次々とタリバン側に投降した結果、まるでオセロゲームの駒をひっくり返すようにタリバンが一気に全土を掌握してしまった。

また今回、ISのテロが起きたように、タリバンとISは敵対関係にあります。今後はタリバン政権が国内外に抱える「ならず者たち」の影響を排除しつつ、アフガニスタンの統治を進められるかが、重要なポイントになります。

――アフガニスタンが新たな「テロの温床」とならないために、欧米諸国や日本はタリバン政権と、どのように向き合えばいいのでしょう?

伊勢﨑 最悪のシナリオはタリバン政権があっという間に崩壊し、アフガニスタン全土が無法地帯になってしまうことで、それだけは絶対に避けなければなりません。

アフガニスタンは国家支出の8割近くを国際援助に頼っていて、アメリカの銀行には1兆円ぐらいの外貨準備もあるのですが、今はそれも凍結され、IMF(国際通貨基金)の融資もストップしている。

一方、タリバンの財源は麻薬取引とサウジアラビアあたりの金持ちからの寄付ぐらいしかないので、金がなければ政権は維持できず、軍閥やテロリストたちの影響力が大きくなる可能性もある。

ですから、まずはアフガニスタンが無法地帯にならないように、国際社会が資金援助をうまく使いながら、新生タリバン政権が可能な限り民主的な国づくりを進めてゆくように、注意深くコントロールすることが重要です。

これ、口で言うほど簡単ではないし、それなりの妥協も必要で、そもそも本当に実現できるかはわからないけど、ともかくほかに方法がないのでやるしかありません。

――その隙に中国やロシアがタリバンに接近するのでは?と心配する声もあります。

伊勢﨑 あのね、遠く離れたアメリカと違って中国やロシアにとってアフガニスタンは「隣国」なんですよ! しかも中国とロシアはそれぞれ国内にイスラム原理主義者との対立を抱えていますから、アフガニスタン情勢は彼らにとって非常にセンシティブな問題で、中国もロシアもこの先、アフガニスタンが「テロの温床」になることだけは絶対に避けたいと思っている。 

ですから、今のこのアフガン情勢を米中や米ロの対立の構図で政治的なゲームに利用するのではなく、「アフガニスタンをテロの温床としない」という共通の目的に向けて、日本も含めた国際社会が協調して働きかけなければいけないんです。

もちろん私も、武装解除を通じて関わったアフガニスタンの再建が9・11から20年後の今、こうしてもろくも崩れ去ったことに、非常に複雑な思いがあります。

アメリカを中心としたアフガンの国家再建には多くの問題点もありましたが、それに関わる多くの人たちが、なんとか民主的なアフガニスタンを造りたいと本気で願っていたのは事実です。

その点、今でも悔やまれるのは占領後のアフガニスタン統治にタリバンを参加させず、徹底的に排除したことです。当時、国連のラフダール・ブラヒミ特使は、ひとつでも閣僚のポストをタリバンに割り当てるなどして、新たな政府にタリバンも参加させる必要性を真剣に訴えていたのですが、アメリカに聞き入れられませんでした。

ここ数年、アフガニスタン問題での存在感が失われていた国連ですが、今後のタリバン政権に対する国際社会の働きかけでは、国連が主導的な役割を取り戻すことも必要なのではないかと思います。

●伊勢﨑賢治(いせざき・けんじ)
1957年生まれ。東京外国語大学教授。国際NGOに身を置きアフリカ各地で開発援助に従事した後、シエラレオネで武装解除を指揮し、内戦の終結に貢献。2003年2月からは日本政府特別顧問としてアフガニスタンでの武装解除、平和構築に尽力。現在はトランペッターとしても活動中