『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、半導体の世界最大手「TSMC」の新工場建設から見える問題点を指摘する。

(この記事は、10月18日発売の『週刊プレイボーイ44号』に掲載されたものです)

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半導体受託生産の世界最大手である台湾の「TSMC」が、熊本県に新工場を建設するとのニュースが流れた。新工場では回路線幅20ナノ級(ナノは10億分の1m)の半導体を生産する予定という。

現在、世界では半導体不足で自動車生産などがストップするなどのトラブルが続いている。TSMC誘致は半導体調達の確保につながる。同社は、半導体微細化競争で世界トップを走り、5ナノ級で先行。さらに3ナノ級の開発も進んでいる。40ナノ級を製造するのが精いっぱいなほど没落した日本にとっては、とりあえず朗報と言える。

これまで経産省は日の丸連合にこだわり、結果的に日本の半導体産業をさらに弱体化させるという失敗を繰り返してきた。日の丸連合とはつまるところ、グローバル競争に敗れた敗者連合でしかなかった。経産省はその反省からか、世界トップのTSMCの誘致に動いた。その意味では旧来のダメな政策から脱却したと評価してもよいだろう。

ただ、今後の先行きは楽観できない。日本側は工場建設の総事業費8000億円のうち4000億円を補助金として、TSMCにむしり取られることになってしまった。経産省はその見返りとして、新工場から出荷された半導体を日本国内向けに優先供給させるというが、そんなことができるのか非常に不安だ。

そもそも、日本国内にはスマホやパソコンなど、半導体を大量に必要とする「最先端」の世界的企業がない。かつて、世界をリードし栄華を誇っていた電機メーカーは、国際競争から脱落。今後の成長産業である電気自動車や自動運転の分野でも、トヨタなどの自動車メーカーは完全に世界に出遅れた。

TSMCに半導体の国内優先供給を求めても実際の主な国内需要は最先端の半導体ではない。したがって、TSMCが工場を作っても、国内向けだけなら何世代も前の二流品製造拠点にとどまるしかなくなってしまう。本来なら、TSMCの誘致の前に日本の電気や自動車産業のレベルアップ政策が先行すべきだった。

しかし、経産官僚にはそうした俯瞰(ふかん)的な視野はないようだ。TSMC誘致だけが目的化し、EVやグリーン産業などの成長分野での遅れを取り戻す絵図はまったく出てこない。

実は、そこには産業政策以外の不純な動機が影響している。あらゆる産業の基盤となる半導体は一国の経済安全保障と密接に関連する。日本側が4000億円の補助金を払ってまで台湾のTSMC誘致にこだわったのは単に半導体の供給を確保するというだけでなく、日米台半導体連合を作り、中国封じ込めに利用しようという思惑があるからだ。

一方、嫌韓政策を採る政府は輸出規制問題などで韓国と対立し、先端半導体製造で高い世界シェアを持つサムスン電子やSKハイニックスなど、韓国勢との協業には後ろ向きだ。

このため、今回の工場誘致でTSMCとサムスン電子を競わせることができず、TSMC一択という日本の足元を見られて4000億円という異例の巨額補助金につながってしまった。

中国封じ込めへの執着と歪(ゆが)んだ嫌韓政策、さらには、国内の半導体ビジネス再構築のシナリオ欠落が招いたTSMC一辺倒政策で、日本は、今後も同社に足元を見られ続ける。世界最大手が日本を選んだと無邪気に喜んでいる場合ではないのだ。

●古賀茂明(こが・しげあき) 
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中。最新刊『日本を壊した霞が関の弱い人たち 新・官僚の責任』(集英社)が発売中

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