ツイッターなどに出回った事故時の映像。空母艦隊関係者が撮影したと思われ、米海軍も「本物だ」と認めている

南シナ海で1月24日、米軍の戦闘機F-35Cが空母カール・ビンソンへの着艦に失敗し、海没した。SNSに出回っている空母艦隊の関係者が撮影したとみられる動画や写真から、機体は大破せず、ほぼ無傷で海底に沈んだことがわかっている。

「南シナ海は美しく静かで平和な海。米軍はゴミをポイ捨てしないでいただきたい」

中国共産党中央軍事委員会の機関紙「解放軍報」はそんな声明を出したが、おそらく本音はまったく別のところにある。世界で米軍だけが採用するF-35Cは、「第5世代」と呼ばれる最新鋭の艦載型ステルス戦闘機。空母での実戦運用は今回が初めてだった。

同じ第5世代の艦載機を持たない中国にとって、実際には同機はゴミどころか、重要機密が満載の"宝"だと考えているはずだ。

軍事アナリストの毒島刀也(ぶすじま・とうや)氏が解説する。

「おそらく重要なソフトウエアは電源が切れた段階でデータが消失する『揮発性メモリ』に入っているはずで、水没直後に消えているでしょう。しかし、それ以外にも効果的なステルス&敵地侵入能力を可能とする機体構造やECM(電子対抗手段)、レーダー、センサーなどの基礎データは、米軍にとっては盗まれるとやっかいです」

中国からすれば、こうした情報は自国でのステルス機の開発だけでなく、米軍に対する防空体制の構築にも役立つ。そのため、墜落の瞬間から米中の間で「どっちが機体を引き揚げるか」の駆け引きがひそかに始まっているのだ。

米側はすぐさま警戒機など6機を現場に急行させた。

「今後、送り込まれる回収チームの中心は米海軍の潜水救難監督部(SUPSALV)で、最新の水中ロボットやサルベージ船が投入され、太平洋海域を管轄する第7艦隊からも3隻程度が警戒のために派遣されるでしょう。当該海域の水深は約3600mとされており、作業を開始してから引き揚げまで1~1.5ヵ月はかかります」

ただし問題は、沈没地点がただの公海ではなく、中国、台湾、フィリピンがそれぞれ自国のEEZ(排他的経済水域)であると主張する"係争海域"であること。特に「南シナ海全域を実効支配している」と主張する中国からすれば、米軍の活動を黙って見過ごしてしまっては論理的な整合性もとれないのだ。

「中国にはサルベージ能力もありますが、たとえ自分の手で回収できなくても、海軍南海艦隊からフリゲート艦もしくはコルベット艦を投入して米艦の周囲をぐるぐる回りながら航路をふさぐ、場合によっては体当たりしようとするなどして作業を妨害するでしょう。この妨害が成功し、他国にも周辺海域での活動を避けようという動きが広まれば、自国の主張をより固めることができます」

こうなると、回収作業をめぐって米中の艦隊が偶発的に衝突してもおかしくない。また、もしロシアのウクライナ侵攻が始まった場合、アメリカは欧州方面に力を注がざるをえず、中国側が"火事場ドロボウ"的に事を有利に運ぼうとする可能性もある。

最新鋭ステルス機という"機密の塊"の墜落事故は、周辺国も巻き込んださまざまなリスクを抱え込んでいる。