ガスマスクを装着して戦闘訓練中のポルトガル軍兵士 ガスマスクを装着して戦闘訓練中のポルトガル軍兵士

3月11日、国連の安全保障理事会は、ロシアが求めたウクライナ情勢の緊急会合を開催。ロシアは「アメリカがウクライナで生物・化学兵器の開発をしている」と主張した。同日、バイデン米大統領は「ロシアは化学兵器を使用すれば、厳しい代償を支払うことになる」と発言。

2003年、アメリカが安保理で「イラクに大量破壊兵器がある」と主張し、イラク戦争が開戦した。しかし結局、アメリカが主張した大量破壊兵器の存在は確認されなかった。今回のロシアの場合はどうなのだろうか?

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外務省勤務経験のある元航空自衛隊302飛行隊長・杉山政樹元空将補はこう言う。

「ロシア軍は侵攻開始直後に『ウクライナが放射能物質を撒き散らすダ―ティーボムを作っている』として、チェルノブイリ原発を抑えた。今、ロシアが騒ぎ出しているのは生物・化学兵器。この後、もし仮にロシアがサリンを撒いたとしても、『ウクライナのサリンだ』と主張することが考えられる。今回のロシアの発言は、おそらくそのための布石であり脅しで、ロシアは生物・化学兵器を使う可能性がある」

本当にそんなことが起きてしまうのだろうか? 義勇兵としてアフガニスタンでソ連と戦い、カレン民族解放軍でビルマ軍との戦いにも参加した、高部正樹氏はこう言う。

「自分がアフガンにいた時、ソ連軍はジャララバードで大量に化学兵器を使用しましたが、自分はそこにいなかったので無事でした。カレンの時は、キャンプ防衛線でビルマ軍が催涙ガスを使用しました。この時もそこにいず、助かりました。アフガンゲリラもカレン軍兵士も、ガスマスクは持っていませんでした。

プーチンは化学兵器を使うんじゃないですか? ウクライナ軍はまだ、NBC兵器の対策をしていません。毒ガスを防ぐガスマスクは、まずウクライナ兵、次に市民、そしてあまれば義勇兵に。だからおそらく、義勇兵には行き渡らないでしょう」(高部氏)

ガスマスク装着のノルウェイ軍兵士。ポルトガル軍との違いは耳、首、手首の肌を露出してないこと ガスマスク装着のノルウェイ軍兵士。ポルトガル軍との違いは耳、首、手首の肌を露出してないこと

生物・化学兵器はどの戦局で使われる可能性があるのだろうか? 

「ロシア軍機甲部隊は、欧米支給の対戦車兵器に苦戦していますので、ロシア軍機甲部隊が移動する前方に、毒ガスなどの化学兵器を撒く。そして、そこに布陣するウクライナ軍の対戦車兵を排除し、その後にロシア軍機甲部隊が突入します。

ロシア軍は戦車、装甲車などの車内にいれば、化学戦の毒ガスが撒かれた地域を通過しても乗員は無事です」(高部氏)

そうなってしまうと、西側の最新対戦車兵器を構えて迎撃するガスマスクが無い兵士たちは全滅してしまう。ということは、ガスマスクが支給されないかもしれない陸の義勇兵は、かなりの危険にさらされることになる。

対応策はあるのだろうか? 元・陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長の二見龍元陸将補はこう語る。

「陸自隊員は常に腰に防毒マスクを携帯し、『ガス!!』の警告でヘルメットを後方にずらし、腰のポーチからガスマスクを取り出して、3秒で装着します」

陸自は『ガス!!』の警報が発せられると腰のポーチからガスマスクを出し、3秒以内に目鼻口を覆う 陸自は『ガス!!』の警報が発せられると腰のポーチからガスマスクを出し、3秒以内に目鼻口を覆う

これで目鼻口から入る毒ガスは防げる。しかし、皮膚から浸透する化学兵器もある。

「その場合は、背嚢に入れた化学防護戦闘服を着用します。専門訓練を受けた化学幹部、化学陸曹がガス検知機で現場をチェック。そして、化学陸曹が少しマスクを開けて、大丈夫ならば全員マスクを外します。その後は、部隊の化学剤対応の特技を持っている隊員が除染を行います。汚染地域の規模が大きい場合などは、師団所属の化学防護隊が徹底的な除染を行います」(二見元陸将補)

陸自特殊武器防護隊。頭部はピッタリとフードで覆い耳を防護し、化学防護戦闘服を着用。袖口をピッチリと閉じ、皮膚からの化学ガスの侵入を防護。右から3番目の隊員は、ガス検知を右手に持っている 陸自特殊武器防護隊。頭部はピッタリとフードで覆い耳を防護し、化学防護戦闘服を着用。袖口をピッチリと閉じ、皮膚からの化学ガスの侵入を防護。右から3番目の隊員は、ガス検知を右手に持っている

陸上自衛隊の対化学戦防護は完璧だが、今回のウクライナ軍はどうなのだろうか。

「NATOと訓練しているので、対応できます。今回もしロシア軍が化学兵器を使うならば、まず西欧・米軍の最新装備が運び込まれている補給路を狙って撃ち込むでしょうね」(二見元陸将補)

そうなれば、ウクライナ軍は対ロシア兵器が枯渇する。

過去、シリア内戦ではアサド大統領が自国民に対して化学兵器を数十回使用した。ロシアは、その戦いを経験した5万8000人ともいわれるシリア人傭兵を投入する。

「シリア人傭兵は化学兵器戦を戦った経験があるのは、強いです」(高部氏)。

シリア傭兵たちは、対ISと戦った市街地戦闘用兵士だ。彼らが市街戦に投入されるということは、化学兵器が使用される可能性があると推測できる。そうなれば、そこにはウクライナ軍の陸の義勇兵部隊が投入される。ガスマスクが行き渡らない陸の義勇兵たちは、大きな危険にさらされることとなる。