ライフル射撃では世界一の実力を誇る米海兵隊。右が50口径狙撃ライフルを構える狙撃手。左は観測手スポッターと呼ばれ、このコンビで長距離狙撃する

先日、元カナダ軍所属のワリ狙撃手が、ウクライナ義勇兵として戦地に入ったとの報道があった。今回はこの出来事について、アフガンで狙撃手として戦った経験のある、元米陸軍将校の飯柴智亮氏が解説する。

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ベトナム戦争時代、ある1人の狙撃手が敵の一個大隊に対し、指揮官、無線手、機関銃手の順で狙撃した。「どこから狙われているか分からない」という恐怖から、その一個大隊700名は動きを止めてしまったという。

数年前、フランス外人部隊兵たちはアフガン戦線において、2キロ先に潜むタリバン狙撃兵から足、腰への長距離狙撃を受けた。救助に向かった兵士の足が、また撃たれる。フランス外人部隊の5.56mm小銃の射程は最大で400m、狙撃ライフルでも射程800mで、反撃できない。この時は、射程2キロの対戦車ミサイル・ミランで対処した。

ワリ狙撃手は、狙撃の世界最遠距離である3.54キロ先の標的を狙撃するという。

「私は、ワリが使用したと言われているTAC‐50(50口径(12.7m弾)のボルトアクション狙撃銃)は扱った事がありますが、凄まじい命中性能でした。マクラミン社製の精密銃身を搭載し、3.54キロの距離ならば、着弾は4.5~5秒先です。

私がアフガンで2キロ以遠の標的を高倍率サーマルサイト搭載のM2重機関銃で狙撃した時は、まず標的発見後に2,3発を発射すると、アフガンは禿山なので着弾する砂埃がよく見えます。そこからM2の三脚に装着された器具で高さと左右を調節し、狙撃します。M2を狙撃に使用したのは、1982年のフォークランド紛争が最初と言われています」(飯柴智亮氏)

ワリ狙撃手は1日に40人狙撃したと言われている。

「2005年のイラク戦、ワリの全盛期ならば十二分に可能な数字です。彼は今40歳ですが、その年齢ならば狙撃の腕は落ちません。が、老眼で手元のDOPE表(発射した弾丸が、その距離でどの位落ちるかの数字を記した表)が見づらくなります。その対策でしょうか、彼は3月4日に4人でウクライナに入国したと報道されています。

狙撃手は観測手(標的までの距離、風速風向き、温度湿度を観測し、狙撃手の着弾を報告。それにより狙撃手は着弾修正して、次の狙撃を正確行うことができる)と2人で一組。即ち、2方面から相互援護する態勢なのでしょう」(飯柴氏)

モスクワのホテルから赤の広場のパレードを撮影しようとする柿谷カメラマンを本気で狙うロシア軍狙撃手。2人が同時に狙うことで、命中を確実なものにする

ウクライナ政府は、ロシア軍将官のオレグ・ミチャエフ少将を15日、南東部マリウポリで殺害したと発表した。ウクライナ戦争でロシア軍将官は20人いるが、これまでに4名が戦死。2月24日侵攻開始から最初に戦死したのは、第41軍副司令官アンドレイ・コレニシコフ少将、そして3月8日に同第41軍第一副司令官ヴィターリー・ゲラシモフ少将、もう一人がアンドレイ・スホベツキー少将だ。これらはワリ狙撃手の狙撃なのか?

「さすがにいきなりは無理だと思います。まず、最低2週間は現地の気候と風土に慣れる事から始めます。狙撃銃も現地の高度、湿度、温度などに合わせてゼロイングを再度行わなければなりません。しかし、ウクライナでは市街戦で、狙撃手にとっては有利な地形であることは間違いありません」(飯柴氏)

しかし、現在は無人ドローンや無人偵察機の地上監視装置などにより、昼夜の区別なく地上の敵兵を発見可能だ。狙撃手も、昔ほど自由に活動は出来ない。

「アフガンでAC130ガンシップから撃たれるタリバン兵を生で見ました。敵兵ですが『逃げろ!!』と叫びたくなる程でした。無人機の偵察能力はここ数年でさらに飛躍的に進歩しています。狙撃手もそれ相応の対処法が求められます。

ロシア軍には、ソ連軍の流れを汲む優秀な狙撃部隊がいます。第二次世界大戦スターリングランド攻防戦で257名を狙撃したとされる、ザイツェフ大尉がいました。そのロシア軍狙撃兵をワリに対して投入すれば、ワリも簡単に狙撃ができる状況ではなくなるでしょう」(飯柴氏)

来露したVIPがモスクワでホテル前から車に乗り込む場面。こういった瞬間が狙撃のタイミングとなるため、ロシア人ボディガードたちが周りを固めている

プーチン露大統領の面子に関わるとなればおそらく全てを投入するので、その可能性はある。報道によれば、ワリ氏は狙撃ライフルより対戦車ミサイルを使うと言っている。

「イギリス軍はフォークランド紛争で、12.7mmで狙撃されると対戦車ミサイルで対応しました。今、ワリが最初から対戦車ミサイルで戦うのは理に適っています」(飯柴氏)

対戦車ミサイルのジャベリンは射程2キロ、同じく対戦車のNLAWは射程800m。どちらもファイヤ&フォゲットで、狙いを定めトリガーを引けば後はミサイルが自動で標的に向かって飛んで行く。狙撃手は直ぐに移動して、上空の無人機からの発見と攻撃から逃れられる。

そんな戦いが、今回の戦争でも行われてしまうのだろうか。一日も早い平和を望むばかりだ。