2月24日にウクライナへの侵攻を開始したロシア軍。短期決戦に失敗したことで、当初の作戦の変更を余儀なくされている。その矢先、3月24日にロシア海軍の戦車揚陸艦を、黒海の港・ベルジャンシク港で爆発撃沈したとウクライナ海軍が発表した。
泥沼化する気配も漂う戦いが続いているが、戦争の動向は「損耗率」から読み解くことができるという。元・陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長の二見龍元陸将補に解説して頂いた。
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3月23日の報道によると、アメリカ国防省高官が、ロシア軍は開戦1ヶ月で総兵力19万人の内、その10%を喪失していると発言した。
「部隊の損耗率で、戦争が継続できるか否かの目安がわかる」と二見元陸将補は語る。
「部隊の10%の損耗で、戦闘行動に支障が出始めます。これが15%になると、部隊交代や人員の補充・再編成(新たな人員の補充と損耗した部隊の補充)が必要となります」
"部隊交代"とは、損耗した最前線の部隊を後方に下げ、充足率100%の部隊と入れ替えることだ。これをサッカーに例えるならば、疲れたフォワードの選手交代に当たるだろう。
さらに3月23日のアメリカメディアの報道によると、ロシア軍は1ヶ月の侵攻で死傷者・行方不明者・捕虜の合計が約4万人にのぼるとの数字が出たという。
そうなると、最初に投入したロシア軍総兵力19万人の内、損耗率は約21%になる。
「戦闘部隊は、損耗率20%で"ほぼ戦闘不能状態"となります。損耗率30%で"戦闘不能状態"、50%で"全滅"と判断されます」
21%は半全滅と考えてもよい。そうなれば、ロシア軍は部隊交代や人員の補充・再編成を行うための戦線の整理が必要となってくる。
ウクライナ軍は3月23日に、キエフ東方20-30キロにいたロシア軍を、中心部から55キロ後退させるのに成功したと発表している。
「ロシア軍部隊の損耗が激しいため、部隊を後方に下げたというのが正しい見方だと思います。しかし、それだけウクライナ軍が善戦している証です。ロシア軍には今、攻勢戦力が圧倒的に足りません」
防衛省発表資料によると、ロシア軍の陸上総兵力の合計は約33万人。そのうち、19万人がウクライナに投入されたとなると、全軍の57.5%にあたる。ロシア軍は既に6割に近い兵力を使い果たしていることになる。
「ロシア軍には歩兵学校、砲兵学校、工兵学校、降下兵学校など各種の軍学校があります。今後はそこの学生と教官を集めて部隊を作り、最前線に投入することも考えられるでしょう。
ロシア軍は数日の短期決戦で首都キエフ陥落、大統領殺害を狙っていました。しかし、開戦1ヶ月でその戦略を変えざるを得なくなった。次の段階における新たな作戦とは、クリミア半島とウクライナ東部の親ロシア派占領地域を陸続きにするというものです。
もし作戦目的を変更した場合、他軍管区の兵力やウクライナ北部と北東から侵入したロシア軍戦力を再編成し、東部と南部へ必要な戦力を転用する必要があります」
兵力再編成は、キエフ東方で開始されている。兵力の足りないロシア軍は、総兵力約5万人のベラルーシに対し、ウクライナへ派兵するよう迫っているようだ。
「そうなれば、主戦場はマリウポリになると予測できます。現在、マリウポリはロシア軍に包囲されており情報が外に出ないため、ロシア軍が化学兵器を使う可能性が十分に考えられる。ウクライナ軍はそれをさせないための作戦に出ると考えています」
そのウクライナ軍の作戦とはこうだ。キエフ首都攻防戦においてロシア軍の圧力が弱まったため、ウクライナ軍の兵力には余剰が出てきた。さらには、首都防衛のために温存していた予備兵力が不必要になった。この2つの兵力を投入し、ロシア軍のマリウポリ包囲網の突破を試みる、というものだ。
「マリウポリがウクライナ軍に奪還されれば、ロシア軍のクリミア半島と親ロシア派支配地域を陸続きにするという戦略は幻と消えます」
そんな時、マリウポリから西へ80キロのベルジャンシク港に停泊していたロシア海軍大型揚陸艦オルスクが、大爆発を起こして撃沈された。
ロシア海軍は、アメリカが供与した対戦車ミサイルにより、陸上での戦車にかなりの損害が出ている。その補充のために、海からマリウポリへの戦車上陸作戦を狙っていたが、ウクライナ海軍に阻止された形だ。
さらに混迷を深めるウクライナ戦争。この戦いの出口は、まだ見えそうにない。