『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、日本の原発の安全対策は安全保障の観点から見ても、再生可能エネルギーの普及を急ピッチで進めるべきだと指摘する。
(この記事は、3月28日発売の『週刊プレイボーイ15号』に掲載されたものです)
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ロシアのウクライナ原発攻撃を受け、岸田文雄首相が自衛隊による原発警備を検討するよう指示したのは3月18日のこと。
これまで日本の原発の安全対策は自然災害とテロ対策が中心で、2国間紛争による武力攻撃時の備えはなかった。
ジュネーブ条約で原発への攻撃は禁じられており、この国際法を違反する国家を想定せず、政府の国家安保戦略にも原発が他国軍から攻撃される場合の記述は盛り込まれていなかった。ロシアの暴走を見て、やっと自分たちの甘さに気づいたというわけだ。
しかし、原発の警備は簡単ではない。ゼネラル・エレクトリック社の技術者として日本にある同社製原発の統括責任者だった原子力コンサルタント・佐藤 暁氏からこんな話を聞いた。
彼によるとアメリカの有事における原発警備は電力会社と米軍の二段構えになっているという。まず電力会社が各原発に100~150人規模の重武装した戦闘部隊を24時間体制で常駐させ、テロ攻撃から施設を守る。そうして攻撃をしのいでいる間に米軍が追加出動し、テロ集団を殲滅(せんめつ)するという段取りだ。
戦闘機のスクランブル発進も想定されており、ハイジャックされた民間航空機などが原発に体当たり攻撃を加えようとしていると判断すれば、"乗客もろとも撃墜する"ことまで認められているという。アメリカはこのくらいの準備をしないと原発の安全は担保できないと考えているのだ。
では、この安全基準は日本の原発にも導入できるだろうか。答えはNOだ。まず民間の軍事会社が存在しない日本で、電力会社が150人規模の対テロ部隊を雇用するのが無理。
自衛隊に頼るといっても、最大数十基稼働する想定でその規模の自衛隊員を常駐させれば、交代要員を含めて数千人の人手が必要だ。原発警備に特化した新たな装備もいる。予算と人員が不足する自衛隊に負担させるのは無理だろう。
しかも、日本の原発は守りづらい。日本海などの海岸線沿いに何基も鈴なりに立地し、その沖合には民間船が普通に航行している。漁船に偽装した敵艦からのロケット砲攻撃などで原子炉や使用済み燃料プールを破壊するのは極めて容易だ。電源喪失だけでも複数の原発が制御不能となり深刻な放射能汚染が起きる。
このように安全保障の観点から見て原発への回帰は亡国への道である。そして、"安全保障の観点から見ても"再生可能エネルギーの普及を急ピッチで進めるべきなのだ。
再エネは太陽光や風車などの比較的小規模な電力施設の立地と地産地消により「分散型」のエネルギーシステムを形成することができる。電力会社が1ヵ所で数百万キロワットを発電する「一極集中型」の原発に比べて、攻撃されたときの被害ははるかに小さい。
3月8日、ドイツは年内に閉鎖予定の原発の寿命延長について否定、今年中の脱原発路線を継続すると表明した。ロシアへのエネルギー依存度が高く、エネルギー危機に直面するこの国でさえ、原発維持のコストや安全保障上のリスクのほうが高いと判断したのだ。日本もこの姿勢を見習うべきだ。
3月22日、東京電力と東北電力の管内に「電力需給ひっ迫警報」が出された。そのなかで原発再稼働を望む声も聞こえてくるが、日本の未来を考えるなら"誘惑"に流されてはいけない。
●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中。最新刊『日本を壊した霞が関の弱い人たち 新・官僚の責任』(集英社)が発売中