「たいげい」にカメラマンのカヤックが接近すると、すかさず警戒員を増員。停泊中でも隙の無い警戒監視体制だ

海上自衛隊潜水艦の切り札となる最新型潜水艦「たいげい」が先日、就役し活動を開始した。防衛大綱によると、この新潜水艦は『試験潜水艦』に種別変更されるという。『試験潜水艦』とは、新開発の装備を搭載してその試験をする艦のこと。これまではベテラン潜水艦が『試験潜水艦』の任を担っていた。すなわち、最新装備を搭載した「たいげい」は、警戒監視任務には就かないということになる。

その事実だけを見れば何ということもないが、しかしその裏には今日の壮絶な潜水艦戦の一端が垣間見えてくる。

今回、フォトジャーナリスト柿谷哲也氏が、和歌山県、海自・由良分遣隊基地沖に停泊する「たいげい」を、シーカヤックに乗り込み海上から撮影した。

* * *

柿谷氏は、「米アナリストや元哨戒機乗員によると、かつて最高の静粛性を誇ったアメリカ原潜が、今は一番雑音がうるさい」という。2月12日、オホーツク海においてロシア海軍艦艇が、アメリカ海軍最新型バージニア級原潜を探知し、アメリカ海軍当局もそれを認めたことからも、この柿谷氏の発言は裏付けられるだろう。

深海を航行する潜水艦を探知するには、潜水艦が発する雑音を探知するしかない。

「最近オホーツク海に配備されたロシア海軍原潜の、弾道ミサイル搭載ボレイ級、巡航ミサイル搭載ヤ―セン級原潜は、アメリカ原潜ロサンゼルス級よりも静粛だと言われています。

ロシアはかなりの予算をかけることで潜水艦の高度な研究が可能になり、原子炉、蒸気タービン、モーター、プロペラに接続する動力伝達などの静粛性を高めました」

そして今、ロシア海軍原潜はかつての冷戦時代より遥かに静粛になり、さらに進化しようとしている。

「中国原潜も多額の予算と米国でのスパイ戦の成果などで、凄まじい速度で進化し静粛性が高まっているとされてます」

潜水艦を推進させるスクリューや船体の建造には、多くのデジタル技術が使用される。今、中国のデジタル技術は世界最高レベルだ。以前は他国から潜水艦などの技術を盗み、そのモノマネばかりだったが、今やその技術をさらに発展させ開発できる力を持った。

そこまで静かになった中露潜水艦を発見するには、前出の海自「たいげい」レベルのソナーが必要になる。

「海中の潜水艦が発する音には、原子炉、蒸気エンジン、スクリューなどの作動音があり、それが海中を伝播します。「たいげい」の最新ソナー「ZQQ-8」高性能ソナーシステムは、艦首アレイのコンフォーマル化でこれまでの球形ソナー以上に正確性が向上します。さらに、その他に2カ所ある側面アレイの開口拡大により、艦側面の探知能力が向上、曳航アレイの指向性も向上しています。この計4か所の異なるソナーの探知情報を自動統合化することで、探知能力は凄まじく強力になっています。

なので、「たいげい」は新型ソナーの性能を試すために、実際に中露の新鋭潜水艦を待ち伏せしプロペラ音などを収音する活動を行うでしょう」

また、潜水艦の装備としてまず潜望鏡を思い浮かべる人も多いだろう。潜水艦がソナーで水上航行中の敵艦を発見すると、そこから潜望鏡の出番となる。

由良基地を出航する「たいげい」。全長84m、基準排水量3000t。「将来的に、敵地攻撃能力のあるブロックⅡ型ハープーンミサイルが導入できるようになると、初の対地攻撃可能の海自潜水艦になる可能性があります」

「ソナーで敵艦を発見した場合、その艦艇は本当に敵なのか? 艦番号や艦影を目視して確認しないと攻撃に移れません。その時に潜望鏡を海面に出して敵艦を目視します。しかし、その潜望鏡が敵水上艦から発見される可能性があるので、出来る限り短時間で目視確認をしないといけません」

そうなると、潜望鏡の光学レンズで敵艦を見ている艦長の目だけが頼りとなってしまう。

「なので、「おやしお型」までは潜望鏡にフィルムカメラ装着して撮影し、艦内で現像して写真に焼いて確認をしていましたが、それでは時間がかかり過ぎです。今はビデオカメラで撮影可能になり、デジタル画像ですぐに確認できるようになりました。

「たいげい」の新しい潜望鏡は外観から見た感じでは、カラー、高感度モノクロ、赤外線の撮像、レーザー測距、ESM装置が備わっていると推定します」

さらに、「たいげい」にはリチウムイオン電池が搭載されているという。それは何の役に立つのだろうか。

「防衛省は「たいげい」を『リチウムイオン電池を新たに搭載することにより、従来型潜水艦に比べ水中の持続力や速力性能などを大幅に向上した潜水艦』と発表してます。リチウムイオン電池は鉛蓄電池と比べ蓄える電気容量が数倍多く、充電時間が短いからです。

従来の潜水艦は頻繁に浮上してディーゼル機関を回し充電していた。浮上航行中の潜水艦は一番脆弱です。その点、リチウムイオン電池なら数日から数週間は潜水可能といわれ、さらに充電時間が短く、浮上航行充電時間が短くてすみます」

最新技術を搭載し従来型よりも長く潜っていられる「たいげい」だが、その最大の強みは他にある。

「「たいげい」は最新機器をテストしながら乗員訓練もする試験潜水艦となる予定です。従来、乗員訓練は旧型艦で行われていましたが、これからは最新艦の「たいげい」で訓練することで、最新型機器に慣れることができます。

「たいげい」が切札と言われる理由は、ここにあります。最新鋭艦で得られたデータと訓練を受けた乗員が、今後就役する同型艦に受け継がれる事になりますので、切札は「たいげい」1隻だけて無く、次々と作られていくのです」

ポーカーで1枚のエースカードが4枚揃えば、最強のフォーカードになるのと同じだ。日本の潜水艦の守りをさらに盤石にできる「たいげい」は、正に『切札』である。 

和歌山県・海自由良分遣隊基地沖、シーカヤックで海面に近い目線から「たいげい」撮影を試みる柿谷氏。左肩背後遠くに、潜水艦が視認できる