3月17日に刊行された『大東亜共栄圏のクールジャパン 「協働」する文化工作』(集英社新書)。この新書ではまんがやアニメ、映画、小説が、戦時下において、アジアへ向けた国家喧伝のツールとして用いられていたことを歴史的に検証したものである。

そこで明らかになるのは宣伝ツールとして用いられた作品には、その受け手もプロパガンダの発信者になる仕掛けが組み込まれているということだ。そのような戦時下の状況は、現在SNS上で拡散され続ける陰謀論や国家宣伝戦とも重なる。

著者の大塚英志氏は、2018年に『大政翼賛会のメディアミックス―「翼賛一家」と参加するファシズム』(平凡社)、2021年には『「暮し」のファシズム―戦争は「新しい生活様式」の顔をしてやってきた』(筑摩書房)で戦時下のメディアについて論じてきた。なぜ、いま戦時下のメディアを検証するのか。著者に訊いた(全2回/1回目)。

■戦時下と重なる世の中の状況

――『大東亜共栄圏のクールジャパン』の発売と時をほぼ同じくして、ロシアによるウクライナ侵攻が始まりました。ロシアは国内に厳しい報道統制を敷き、ウクライナはゼレンスキー大統領を先頭に国際社会にアピールしています。プロパガンダ、宣伝戦というものへの関心が高まりつつあるさなかでの出版となりました。

大塚 もちろん狙ったわけでもないですし、まったくの偶然です。

そもそも、戦時下のメディア理論について書いてきはじめたのは、ぼく自身が長いことまんが原作者をやってきたことがきっかけです。いまもいくつかの作品にかかわっていますが、ぼくはこれまで複数のメディアを横断しながら作品を発表する、いわゆるメディアミックスをやってきた。だから、そうしたものを歴史的に検証する責任があるのではないかと常々思っていたんです。そうして2018年に出した『大政翼賛会のメディアミックス』では、大政翼賛会がいかに様々なメディアを横断してプロパガンダをおこなってきたかを、史料を基に検証しました。

そのあとに「日常」や「ていねいな暮し」といった戦時下のプロパガンダに用いられた言葉を論じた『「暮し」のファシズム』を書こうとしたら、コロナ禍になり「新しい生活様式」や「新しい日常」みたいな戦時下の翼賛体制を彷彿とさせる言葉を言い始めた。

なかなか奇妙な状況だと思っていたら、SNSをいじってみると「陰謀だ」「工作員だ」なんだって本気で言っているような人たちがいる。いままでぼくにとって、陰謀史観みたいなものはあくまでも鉄板の漫画のネタでしかなくて、こんなものを信じる人がいるはずがないと思っていた。だからこそ『木島日記』(KADOKAWA)みたいに陰謀論や偽史をテーマにまんがの原作や小説とかを書いていたのですが、気がついたら本気で陰謀論を信じている人が現れた。こうした陰謀史観の元は、やはり戦時下のさまざまな偽史なんですよね。

そうしたことを踏まえて『大東亜共栄圏のクールジャパン』では、戦時下の日本がアジアへ向けて発信していた文化工作について書いたら、刊行の直前にロシアのウクライナ侵攻が始まってしまって......そのタイミングのよさというか悪さというか、これには困惑するとしか言いようがないですね。

■プロパガンダとして発信されたさまざまな「桃太郎」

――『大東亜共栄圏のクールジャパン』では、日本国内のプロパガンダとしてつくられた新聞まんがの『翼賛一家』が韓国でローカライズされていたり、田川水泡・阪本牙城が満州でまんが教室をおこなっていたこと、大政翼賛会と東宝が主導して上海で偽装映画が製作していたころに起こった暗殺事件を、プロデューサー自らメディアミックスをしたことなど、衝撃的な事実が明らかになっていきます。

大塚 『翼賛一家』はのちに「サザエさん」的な戦後の新聞漫画や、日本人の原風景として語られるような「町内」の起源になっているという文脈で、『大政翼賛会のメディアミックス』でも取り上げました。ただ、今回『大東亜共栄圏のクールジャパン』で書いたのは、それが対アジアにも輸出されていたということです。

たとえば、朝鮮半島では皇民化政策として創氏改名や国語常用化などの流れがおこなわれていくのですが、その過程の中で『翼賛一家』のローカライズ版として、日本人一家と朝鮮民族一家が交流する『朗らか愛国班』という新聞まんがが生まれていた。この作品には日本語で日本人と朝鮮人を描くことで、皇民化政策を推進する意図がありました。くわえてポスター制作などの二次創作を読者に推奨することで、受け手をもプロパガンダに巻き込んでいきました。

もっとも、映画史やまんが史、プロパガンダ研究の専門家や昔のおたくたちにとって、田河水泡の話や上海の偽装映画の話は、当たり前に知られていることだったんです。だから『大東亜共栄圏のクールジャパン』をはじめとした著作でやってきたぼくの仕事っていうのは、それぞれの専門分野で当たり前だったことから新しい事実を見出しながら、当時の文化工作の全体像を示すことでした。そうして見えてきたのは、当時の文化工作と呼ばれるものと現在のメディアミックスがほぼ同じだったということです。

★後編記事に続く

大塚英志(おおつか・えいじ)
1958年生まれ。まんが原作者、批評家。国際日本文化研究センター教授。著書に『物語消費論』(星海社新書)、『「暮し」のファシズム 』(筑摩選書)、『大政翼賛会のメディアミックス』(平凡社)、『感情化する社会』(太田出版)など多数。まんが原作に『黒鷺死体宅配便』、『八雲百怪』、『クウデタア』『恋する民俗学者』(いずれもKADOKAWA)など多数

『大東亜共栄圏のクールジャパン 「協働」する文化工作』
集英社新書・1034円(税込)
「クールジャパン」に象徴される、各国が競い合うようにおこなっている文化輸出政策。保守政治家の支持基盤になっている陰謀論者。政党がメディアや支持者を動員して遂行するSNS工作。

これらの起源は戦時下、大政翼賛会がまんがや映画、小説、アニメを用いておこなったアジアの国々への国家喧伝に見出せる。宣伝物として用いられる作品を創作者たちが積極的に創り、読者や受け手を戦争に動員する。その計画の内実と、大東亜共栄圏の形成のために遂行された官民協働の文化工作の全貌を詳らかにしていく