4月9日、ウクライナの首都キーウを電撃訪問したイギリスのジョンソン首相は、地対艦ミサイル『ハープーン』をウクライナへ供与すると発表した。アメリカも同様に地対艦ミサイルの供与を検討している。
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4月10日にロシア軍は、スロバキアからウクライナへ供給された地対空ミサイル『S300』を、海上発射ミサイルにより破壊したと発表した(アメリカは否定している)。
黒海海上からの攻撃は、ウクライナ西部の策源地を危険に晒すことになる。
元陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長の二見龍元陸将補は言う。
「ウクライナ軍に地対艦ミサイルがあれば、ウクライナ南岸の黒海に遊弋するロシア海軍艦艇を無力化させることができます。つまり、ロシア軍の海上輸送の兵站を潰し、海上ミサイル基地となっている艦艇を撃沈できるということです」
ウクライナ軍は、4月14日にロシア軍旗艦『モスクワ』を、自国産対艦ミサイル『ネプチューン』2発により撃沈した。
「さらに、イギリスなどから異なる種類の地対艦ミサイルが供与されれば、戦局はウクライナに有利になります」(二見元陸将補)
供与される地対艦ミサイルについて、各国の軍隊に詳しいフォトジャーナリストの柿谷哲也氏はこう解説する。
「イギリス企業は地対艦ミサイルを製造していないので、使用期限が切迫しているイギリス海軍の『ハープーン』を提供するかもしれません。
ウクライナ製地対艦ミサイル『ネプチューン』は、『ハープーン』に似た性能と運用方法で、射程は100キロ以上と言われます。なので、ウクライナ軍にとって『ハープーン』は扱いやすいものだと思います。
アメリカからの供与は『ハープーン』以外に、ノルウェー開発の『NSM』ミサイルの可能性があります。『NSM』のランチャーは、扱いが容易な陸軍の『HIMARS』を使うことができます」
地対艦ミサイルがあっても、肝心の敵艦の位置が分からなければ意味がない。
「地対艦ミサイルのシーカーと呼ばれる標的探知装置は洋上の大きい物に反応し、空母、ミサイル巡洋艦、補給艦などの識別は不可能。軍艦か、民間船舶かも識別できません。」(柿谷氏)
米軍偵察情報で数々の報告を師団司令部に上げた、元米陸軍ストライカー師団情報将校の飯柴智亮氏は言う。
「敵地上部隊を探知できる軍用機『E8ジョイントスターズ』はロシア海軍艦艇の動きを捉えられますが、敵味方の識別ができません。なので『MQ₋9リーパー』クラスの無人偵察機によって、敵味方識別をします。
これを、イーロンマスクがウクライナに提供しているネットサービス『スターリンク』で伝えます。もちろんロシア側に漏れないように、充分に注意しながら行わなければいけません。さらに電波傍受、特殊偵察部隊からの情報、敵地に侵入している情報員からの情報を総合して敵艦の位置を特定します」
その標的情報を元に、ロシア海軍黒海艦隊と陸からの海戦となる。
「地対艦ミサイルで敵艦を沈めるには、種類の違うミサイル数発を同時に着弾させなければいけません。敵艦の防空ミサイルと防空機関砲によって何発か落されたとしても撃沈できるだけの数を撃ち込む必要があります」(二見元陸将補)
柿谷氏もこう付け加える。
「2018年のリムパック演習では、退役した揚陸艦を漂流させて、アメリカ陸軍『HIMARS』から6発の『NSM』地対艦ミサイルと、陸上自衛隊12式地対艦ミサイル2発を時間差で着弾させて撃沈していました」(柿谷氏)
地対艦ミサイル部隊は、大型トラック数台で移動することになる。
「地対艦ミサイル部隊が空や地上から攻撃されては意味がありませんので、味方の勢力圏において運用します。偵察隊が先行し発射位置を決め、そこに地対艦ミサイル部隊が展開。司令部からの情報を得て、まずは対空装備のある敵艦艇から狙います」(二見氏)
ウクライナ軍が使用している『ネプチューン』は展開に15分、24発全弾発射に3~5秒かかり、再装填には約10分の時間が必要となる。
「その間に目標の撃破状況を確認。再装填完了後、残存艦船の射撃を継続します。対空装備の無い輸送船は、2発も撃てば沈んでしまいます。これにより輸送船など海上輸送力を喪失させることができるでしょう」(二見氏)
各国からウクライナに地対艦ミサイルが提供されれば、ロシア軍の兵站を潰し、海からの巡航ミサイルによる攻撃を防ぐことが可能になる。長期化するこの戦争に、どのような影響を与えることになるのだろうか。