ロシア危機により、混迷を極める世界情勢。国際社会を牽引(けんいん)する存在のアメリカも、国内政治、外交・安全保障など、あらゆる面で問題を抱えているのが実情だ。
そんな先の読めない時代において、クリアに未来を見通すために有用なのが本書『儲かる! 米国政治学』だ。著者は2016年の共和党のトランプ当選、2020年の民主党のトリプルブルー(大統領選と上下両院選の勝利)の両方を当てた国際政治アナリスト、渡瀬裕哉氏。
バイデン政権が現在進行形で抱える苦難は? 今後数年間のアメリカ政治の風向きは? 渡瀬氏に聞いた。
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――タイトルの「儲かる!」が非常にキャッチーです。帯にも「未来が分かれば投資に勝てる」と銘打たれていますが、経済視点から読み解く米国政治学というテーマでまとめたのはどうしてでしょうか?
渡瀬 私は普段、外資系ヘッジファンドや、日本のメガバンクの株式や債券の運用担当者に向けてアメリカの政治を解説しているのですが、そういった知見を簡潔にまとめたのがこの本なんです。
米国株投資をしている人は機関投資家の方々と同じ視点でモノを見られるようになると思いますし、少なくともこの本を読んだ前と後とでは日々のニュースの見え方が変わってくるはず。「米国政治の実用書」として読んでもらいたいですね。
――ロシアによるウクライナ侵略が開始されたのは本書の脱稿直後だったそうですね。この問題に対するバイデン政権の取り組みをどう見ていますか?
渡瀬 米軍の意思は原子力空母がどこにいるかでわかるのですが、ロシアによるウクライナ侵略開始時、米軍の主力である原子力空母を擁する空母打撃群は大西洋地域には1隻しかおらず、ほとんどインド太平洋地域にいました。その時点でバイデンが殴り返してこないことをプーチンも把握していたはずです。
ロシアによるウクライナ侵略後、バイデンは一般教書演説で「ウクライナを支援するけど、NATO陣営に攻め込まれない限りは軍事介入しない」と発表しましたが、なぜわざわざそんなことを言ったかといえば、国内政治事情によるところが大きい。民主党最大派閥である左派の議会進歩派連盟が「絶対に軍事介入するな」という声明文を出している手前、演説でそう言うしかなかったんです。
そもそもバイデン政権下では軍事費も伸びていません。昨年12月にバイデン大統領の肝煎(きもい)りで開催した「民主主義サミット」も大失敗。民主主義国陣営をまとめ上げて権威主義国陣営に対抗したかったものの、むしろ民主主義国陣営が減る事態になりました。バイデン政権の外交・安全保障は非常に稚拙です。
――ロシア危機による原油価格高騰も、バイデン政権には逆風ですよね。
渡瀬 もしも共和党政権だったら石油やガスの企業が支持基盤なので、シェールガスの規制を緩和して国有地でガンガン採掘しまくると思います。でも、民主党は環境団体が支持基盤なので、その一手は取れない。つまり、この状況で本来やるべき政策がまったく打てていません。
さらに厄介なのがバイデン政権はイランと仲良くする方針を取っていること。そうするとイランと仲の悪いサウジアラビアやUAEとの関係も悪化してしまいます。バイデン政権が「石油を増産してくれ」と頼んでも、「民主主義サミットに呼ばなかったよね? 俺たち敵なんでしょ?」と袖にされるだけ。だから、石油備蓄放出という、絆創膏(ばんそうこう)みたいな弱い対応策しか残されていないんですよ。
――ただ、アメリカは40年ぶりの高インフレ状態。バイデン政権としてもなんらか対応しないとまずいのでは?
渡瀬 もうFRB(米連邦準備制度理事会)による利上げしかないんですよ。ここにきて利上げペースが速まったのも、バイデン政権が国内政治でも外交でも無能すぎて対応できないので、FRBに頼ってやってもらうしかないというのが現実です。
――この状況を機関投資家たちはどう見ているのでしょうか?
渡瀬 ロシア危機とは関係なく、インフレがしばらく続くというのが基本的な見通しです。FRBによる利上げがあまりにも速いと経済が壊れる、というのも共通認識ですね。また、11月の中間選挙に関しては共和党優勢は変わらないものの、どっちが勝ったとしても僅差になるので、その後はグダグダな政権運営にならざるをえない、という現実は変わらないでしょう。
――政治も経済も雲行きは怪しそうですね。
渡瀬 将来の見通しは明るくないですよ。2年後の大統領選は超右翼と超左翼の戦いになりますからね。どっちが勝ってもこれまで以上の分断が生まれると思います。選挙のマーケティングが極まりすぎ、人々を政治に動員しすぎた結果、どうしようもない国になってしまうかもしれません。
――2020年の大統領選でバイデン大統領は「分断でなく統合を」と勝利宣言しましたが、結果として分断は広がったと。
渡瀬 分断の何が最悪かというと、賛否が際どい条約や法律をシステム的に作れなくなってしまうのです。そうなると大統領は仕方なく行政協定や大統領令を出すことになる。議会が承認した法律や条約は大統領の一存でやすやすと変えられないので、ある程度は政治が安定するけど、行政協定や大統領令は大統領が交代するたびにすぐひっくり返すことができちゃう。
例えば、パリ協定はオバマが入って、トランプが抜けて、バイデンがまた入ってという流れがありましたけど、こんな動きをしていると国として信用できないじゃないですか。
――しかし、アメリカは今後も人口増加が予想され、経済の安定性は世界一。アメリカの政治や経済が軸であることは変わらないですよね?
渡瀬 投資家だけじゃなく、中国だってアメリカの政策を見て自国の政策を決めているわけなので、世界の軸であることは変わらないと思います。今後は4年に1度、選挙があるたびにガラポンの機会が訪れ、そのたびに世界情勢は混乱する。そういう世の中になっていくでしょうね。
昔はアメリカにも中道派がけっこういて、大統領が代わっても最低限の路線維持はできていたけど、今は完全に分断されてしまったので......。選挙で民主党と共和党のどちらが勝つのかという分析が今後は死ぬほど重要になると思います。
●渡瀬裕哉(わたせ・ゆうや)
1981年生まれ、東京都出身。日系・外資系ファンド30社以上にトランプ政権の動向に関するポリティカルアナリシスを提供してきた国際情勢アナリスト。ワシントンD.C.で実施される完全非公開・招待制の全米共和党保守派のミーティングである水曜会出席者、テキサス州ダラスで行なわれた数万人規模の保守派集会FREEPACへの日本人唯一の来賓者。現在、YouTubeチャンネル『チャンネルくらら』にレギュラー出演中
■『儲かる! 米国政治学』
PHP新書 1056円(税込)
民主党・共和党の特徴や予算の決め方、政府高官人事、インフラや半導体などの経済・産業政策、戦争をめぐるスタンスなどを徹底的に解説。さらに2022年の中間選挙、2024年の大統領選挙までをも射程に入れ、「すでに起きている未来」を伝える本書。著者は、日系・外資系ファンド30社以上にトランプ政権の動向に関するポリティカルアナリシスを提供してきた国際情勢アナリストの渡瀬裕哉氏。毎日のニュースを読み解くための実学書だ