5月24日の報道によると、デンマークが地上発射型『ハープーン』対艦ミサイルをウクライナへ供与し、ロシア軍による黒海封鎖を破り、ウクライナの穀物輸出を再開させる狙いがあると、オースティン米国防長官が表明した。
ウクライナは世界小麦輸出量の12%を担い、トウモロコシ生産量は年間3300万トンで世界6位だ。それがロシアにより侵攻が開始されてから黒海経由の海上輸送が閉ざされ、現在、最大2200万トンもの穀物がウクライナ国内に滞留している。
5月18日には、グテーレス国連事務総長が「何千万人もが栄養失調、大規模な飢餓・飢饉に直面し、食糧難に陥る恐れがある」と発言。その数は4700万人とも言われている。
ロシア軍による黒海封鎖を、対艦ミサイル『ハープーン』でどうやって突破しようというのだろうか? 海上自衛隊潜水艦「はやしお」元艦長で元第二潜水隊司令、現在は金沢工業大学虎の門大学院教授の伊藤俊幸氏(元海将)に話を聞いた。
「結論から言うと、『ハープーン』を供与するだけでは、ロシア海軍に封鎖されている黒海の突破はできないでしょうね」
ロシア軍黒海艦隊の旗艦『モスクワ』はすでに撃沈されたが、報道によると残り20隻が黒海に展開しているという。
「『ハープーン』は取り扱いが簡単で、目標の方位と大体の距離さえ分かれば、そこに向かって撃てばいいだけ。ウクライナ製の対艦ミサイル『ネプチューン』との両方で、水上艦は何とかなります。
しかし、潜水艦は止めようがありません。ロシア黒海艦隊にはキロ級と、その新しいタイプの改キロ級で計6隻の潜水艦がいます。キロ級潜水艦はミサイルも魚雷も撃てるため、とても厄介です」
しかし、そのロシア潜水艦をなんとかしないことには、世界が食糧難に陥る可能性がある。
「アメリカ海軍の『P-8aポセイドン』対潜哨戒機が、交代機を含め2機いれば、長くかかっても1週間程度でその6隻を沈めることが可能です」
では、ロシア軍がウクライナ・オデーサ港外に設置した機雷についてはどう処理するのだろうか。
「アメリカが周辺国から掃海艇を集めて掃海すればいいでしょう。係留機雷ならば鎖を切って、浮いてきた機雷を機関砲で撃ち爆発処理するだけなので簡単です。
しかし、処理が難しいのはロシア軍が航空機などからばら撒いた沈底機雷です。これは、機雷の上を通過しした船舶の鉄に反応して爆発する仕組みです。これについては1個ずつ探して潰すしかありません。そう考えると、掃海完了には最低でも2か月はかかります」
哨戒機による潜水艦攻撃と機雷掃海で計9週間。次はオデーサ港を出る貨物船の護衛も課題だ。
「たとえば貨物船は4列に並べて、一団で16隻の船団を作ります。その船団をイージス艦2隻、駆逐艦4隻などにより囲んで護衛して送り出します」
その手順で行けば、世界を飢餓から救う艦隊は3か月以内でウクライナの穀物を届けることができる計算になる。
「しかし、そう上手くはいきません。『P-8a』対潜哨戒機は元は旅客機ですから、制空権の無い地域は飛べません。ウクライナが黒海上空の制空権を獲ることができればロシア潜水艦を掃討できると思いますが、今のままでは不可能です」
黒海上空の制空権を獲るには、現状のウクライナ空軍だけでは難しい。そのためにはNATO空軍が出撃し、ロシア空軍と対峙する必要がある。しかし、そうなれば第3次世界大戦の開戦となり、プーチン大統領が言及する『核戦争』を引き起こす可能性が生まれる。
NATO諸国はそんな危険を冒してまで、アフリカ、中東、アジア諸国の飢餓を防ごうと動くだろうか?
「もしロシア黒海艦隊が全滅するとしたら、それはウクライナがロシア軍を完全に押し返しているということになります。それでもさらに戦争が続いているとするならば、それは、ロシア領土内において緩衝地帯を作るために戦争している状態です。それはもうすでに第3次世界大戦である、僕はそう思いますね。
残念ながら、ロシアの潜水艦を掃討できなければ、黒海は封鎖されたままなのです。それ以外に出来ることは、陸上と航空機輸送しかありません。」
5月27日、米欧洲軍次期司令官カボリ陸軍大将は、ウクライナからドイツ・バルト海へドイツ鉄道を使い穀物を運び出す作戦を打ち出した。その名は『ベルリン鉄道輸送作戦』。第2次大戦後、ソ連によって封鎖された西ベルリン救済のため、米英が数千機の輸送機を使い食料を急輸した『ベルリン空輸作戦』からついた名だ。しかし、その方法では輸送費がかかり、穀物価格は高騰するだろう。
「しかしそれは、ロシアを弱体化させるためのコストと考えるべきかもしれません。プーチンは"黒海は俺たちの海だ"と言わんばかりに旗艦『モスクワ』を前面に目立たせていましたが、黒海封鎖の実際の主力は、キロ級潜水艦に他ならないのです」