布施祐仁氏(左)と望月衣塑子氏(右) 布施祐仁氏(左)と望月衣塑子氏(右)
2016年に自衛隊南スーダンPKO部隊の日報隠蔽問題を暴き、現地が戦闘状態であったことを明らかにしたジャーナリストの布施祐仁(ふせ・ゆうじん)氏。この事件は、結果的に隠蔽を指示していた稲田防衛大臣を辞任に追い込み、危険な戦闘地帯から部隊を撤収させることにも繋がった。

その彼が、PKO法が制定されて30年となる2022年6月を前に、これまでの30年間を検証した『自衛隊海外派遣 隠された「戦地」の現実』(集英社新書)を上梓した。

ロシアのウクライナ侵攻もあり、日本でも軍事力強化や自衛隊派遣が論じられる機会が増えている。そうした議論の落とし穴とは何か。そして、なぜ過去の検証を行うことが重要なのか。

今回は、菅官房長官(当時)との記者会見バトルで名を馳せた望月衣塑子(もちづき・いそこ)記者と布施氏が対談。どんな議論が交わされたのか?

* * *

望月 この本は布施さんが記者としてやってきたことの集大成という感じがしました。

布施 2009年ぐらいから始めたものなので、13年かけてようやくまとまりました。

望月 13年ですか!

布施 もともとのきっかけは、2003年に始まったイラク戦争でした。翌2004年にイラクのサマーワに自衛隊を派遣するというので、その直前の2003年末、僕も現地取材に行ったんです。

実際に入ってみると、日本政府が言っていることと現地の状況が全然違っていました。政府は「イラクでは戦争が続いているけれど、中には『非戦闘地域』が存在するから、そこならば自衛隊を送っても戦闘に巻き込まれることはない」というロジックで自衛隊の派遣を決めました。でも、現地に行ってわかったのは、イラクに戦闘が起きない「非戦闘地域」など存在しないということでした。

僕は「バグダッドで一番安全だ」と言われていた米軍の管理区域近くのホテルに泊まっていたのですが、そこですら、すぐ近くで米軍車両を狙った爆弾攻撃が発生して。それと、夜はバグダッド南部の地域で空爆もやっていましたし......。本当にイラク全土が、いつどこで戦闘が起こってもおかしくない状況でした。

自衛隊の派遣先に決まっていたサマーワにも行って住民に話を聞きました。大多数の人は自衛隊が来ることを歓迎していましたが、米軍の攻撃の被害にあった人は「軍隊を送ったら占領軍の一部とみなされ殺されても仕方がない」と話していました。日本政府が「非戦闘地域」とするサマーワでも、自衛隊がアメリカの占領に反対する武装勢力のターゲットになることは十分あり得ると思いました。

その後、自衛隊の活動や住民の反応などを取材したいと思って2004年8月にもう一度イラクに行きました。その少し前の3月に、イラクで高遠菜穂子さんら日本人3人が現地の武装勢力に拘束される事件があって。その時、サマーワには日本のマスメディアの記者が沢山いたんです。でも人質事件が起きて、危険だということで、一斉に日本に引き揚げてしまって......。

それ以降は、自衛隊という日本の「実力部隊」がイラクにいながら、それを取材してチェックする日本のメディアがいない、という状態になってしまっていた。「これはちょっとまずいんじゃないか」と思い、僕は8月に行ったんです。

でも当時はもう、かなり治安が悪くなっていて。通訳で一緒にイラクを回ってくれる人が、「やっぱり危険だから今はバグダッドからサマーワに行かない方がいい」と言うので断念して、サマーワまでは行けなかったんです。

そういうこともあって、メディアがいなかった間に現地がどういう状況だったのかは、きちんと検証しなければいけないという思いを持っていました。

望月 そうだったんですね。

■政府は「自衛隊のイラク派遣は大成功」と宣伝したが......

布施 自衛隊のイラク派遣が終わると政府は「自衛隊は1発も撃たず、1人も犠牲者を出さずに任務をやり遂げて、派遣は大成功だった」と言って、自衛隊の海外派遣をさらに拡大しようとしました。

当時は第一次安倍政権で、NATO(北大西洋条約機構)の理事会に初めて安倍首相が出席し、「これからは自衛隊を海外に出すことをためらわない」と宣言するなど意気込んでいて。PKO以外の自衛隊の海外派遣を拡大する新法の制定や、当時NATOが軍事作戦を行っていたアフガニスタンへの自衛隊派遣の話も浮上して、「どんどん海外派遣を広げていきましょう」という流れになっていました。

それに対して、僕は違和感を持ったんです。ちゃんと検証したうえで「これからもっと広げていきましょう」と言うのならばまだしも、イラクで自衛隊に何が起こったかを国民が知らないまま次に進むのは違うんじゃないか、と。だから「しっかり検証しよう」というのが最初の出発点でした。

望月 なるほど。布施さんご自身が現地取材で体験した2003年、2004年のイラクでの危機感と、安倍さんがアピールしていることとの落差というか......。

布施 そうですね。現場がどういう状況だったのかを検証もせず、国会も、国民の中でも知らないまま次に進むというのは、やっぱり違うだろうと。

■「死を意識した」という自衛官のことば

布施 それと、もうひとつの大きなきっかけになったのは、この本の冒頭にも紹介しているんですが、実際に現地に派遣された自衛隊員の方に会ったことです。

その方は僕よりも若いんですが、彼は現地である場面に遭遇して「死を意識した」と言っていたんです。「自分自身は訓練を積み重ねていたので、そんなに『怖い』という感情は無かったけれども、ふと、『遺書を書いてこなかったな』と思って。それで、親の顔を思い浮かべた時に涙が出てきた」という話をしてくれました。

自分より若い自衛隊員が現地でそんな思いをしていたことに衝撃を受けたし、すべての国民が知らなければいけないことだと思いました。こういう事実を国民が知らないまま、「ああ、非戦闘地域で安全だったんだ」「1人も死なずに成功だったからもっと自衛隊を送りましょう」というのは、やっぱり違うんじゃないかな、と。

望月 そうですね。......でも、その自衛官の方の告白って、政府からすると隠したいような発言だと思うんですけど。この本には、その人以外にも自衛官のインタビューがたくさん載っていますが、彼らとはどうやって接触したんですか?

たとえば私が防衛省に申し込んでも、ほとんど紹介してくれませんでしたから、現場の自衛官の声というのをこれだけ集めているというのも、この本を読んですごくビックリした点です。それはどうやって? 

布施 他のテーマの取材で出会った人が、実は元自衛官だったり......。そういう偶然の出会いとかもありますね。

この本では、南スーダンとカンボジアとゴラン高原、そしてアフリカに派遣された部隊の元隊長にインタビューをしていますが、そのうち3人は陸上自衛隊に正式に取材を申し込みました。断られたら断られたで、それも本に書こうと思ってダメ元で正式に申し込んだら、意外にもインタビューをセッティングしてくれた、という(笑)。

望月 意外にも(笑)。それは南スーダンの日報隠蔽(いんぺい)問題を布施さんが明らかにした、と騒がれた後ですか?

布施 後ですね。だからダメだろうな、と思いながら取材申請したんです。

望月 名前を聞いただけで拒否反応されてもおかしくないくらいですよね(笑)。

でも逆に、彼らからすると、自分たちが派遣先の国で経験した本当の事実を国民が知らないまま、どんどん「派遣できます」って言っている日本政府を、ある意味、危ないなと思っていたんでしょうかね。「自分たちが言えないことを布施さんが代弁してくれる」という期待があったのかもしれませんね。

布施 そうだと嬉しいですけどね(笑)。

望月 そこがやっぱりすごいなあと思って。あの南スーダン日報問題でも、初めは稲田防衛大臣が否定していましたよね。「そういうものは無い」と。でも、次々にいろんなことが明るみになり、実際に日報の文書が出てきて......政府、防衛省、自衛隊が一枚岩じゃないな、ということがわかりました。

布施 そうですね。特にあの南スーダン日報隠蔽では全部、陸上自衛隊に責任が押し付けられようとしたわけです。

何かトラブルがあると、森友事件なんかもそうですが、ひとりの人に責任を負わせて、上の人間を守るということがあるじゃないですか。

南スーダンの時は、それこそ安倍政権を守るために、責任を陸上自衛隊に押し付けるという流れがあった。でも陸上自衛隊としては「ふざけるな」ということで、いろんな情報が内部からリークされました。それで結果的には稲田防衛大臣が辞任に追い込まれたわけです。

望月 稲田さんの辞任まで行ったと。

布施 実際に隠蔽をして、日報が「無い」と言ったのは陸上自衛隊なんですけれども、そもそも陸上自衛隊が隠蔽しなくてはいけなかったのは、なぜか? 

本来なら、隊員が命懸けで活動している自衛隊としては、「現場でこういう危険な状況があった」ということを、国民にちゃんと知ってほしいと思うはずです。実際に、僕が取材した南スーダンPKOに派遣された隊員の方はそう言っていました。

でも、日本政府が「南スーダンでは戦闘も武力紛争も発生していない」と言っている手前、自衛隊も本当のことを言えない。「戦闘があったと言ってはならない」ということになって、結果として「戦闘」の2文字がたくさん登場する日報を隠さざるを得なかった。そもそもの原因を作ったのは政治なわけです。

そういう意味では、「陸上自衛隊だけに責任を押し付けるのは違うだろう」ということを、僕は最初から言っていたので......。そのあたりがもし、今回の取材許可に繋がったのだとすれば、良かったなあと思いますけど。

それに、私は法律に基づいて情報公開請求を行っただけですので、それを理由に取材に応じないのはそもそもおかしいですよね。

■情報公開請求で8万枚の文書を集めた

布施 この本は、今年の6月でPKO法が制定されて30年の節目になることもあり、この30年間の自衛隊の海外派遣を総検証したんですが、基本は情報公開請求を使って入手した自衛隊の記録をベースにしています。

これは当然ですが、自衛隊の海外派遣部隊は毎日、「日報」などで現地の正確な情報を日本の上級部隊に上げています。日報だけじゃなく、任務が終わって帰ってきてからも、その総まとめの報告文書とか、いろんな報告文書を上げていて、そこにはリアルで正確な事実が書いてある。なぜなら、そうしないと日本にいる上級部隊の司令官は的確な判断が下せないからです。

だから、「それをもとに検証したら真実に迫れるんじゃないか」と思って、情報公開請求を使って。トータルで13年ぐらいかけて、3500ファイル、枚数にして8万枚ぐらいの文書を収集して、それに基づいて検証したのがベースなんですよね。

望月 8万枚......。

布施 アジア太平洋戦争についても、日本軍が作成した日報や戦史が膨大に残されていて、それらを活用して様々な検証が行われてきました。それと同じことを、自衛隊の海外派遣についても試みたわけです。それに加えて、資料で明らかになったことを裏付けたり補強するために、実際に現地に行った自衛官の人にも取材をしました。

■黒塗りし忘れた文書も送られてきた

布施 ところで、望月さんは映画監督の森達也さんとの対談本『ジャーナリズムの役割は空気を壊すこと』(集英社新書)の中で、あまり情報公開請求をしたことがないと書かれてしましたね。公開請求しても出てくるのが黒塗りの文書ばかりで、さほど得るものがない、と(笑)。

望月 そうですね。それと、コツコツと情報公開請求をして、出て来たものをきちんとファイリングして......って、もう本当に私が一番苦手とするような作業が続くので、情報公開請求は、同僚でそういうことが得意な人に任せて(苦笑)。

でも、布施さんは自衛隊の日報などの文書の開示請求をとことん続けていって。そんな中で、まったく黒塗りされていない文書が間違って開示される、という出来事が起こったわけですね!

布施 はい。「イラク復興支援活動行動史」というイラク派遣の「まとめ」的な文書は、真っ黒に塗り潰される予定が、防衛省のミスで黒塗り前の文書が送られてきました。あれで、それまで公表されていなかった多くの事実が明らかになり、イラク派遣を検証する上でとても役立ちました。

望月 それはたまたまなのかもしれないけど、普通の記者とか私だったら1回目で諦めているようなところを、しつこく日々コツコツとやり続けた結果として、まさにそういう偶然を引き寄せた、という気もします。そこがまたすごいな、と。

■自衛隊員の家族向け説明会資料には「武力紛争」との文言が!

布施 ところで、望月さんと最初にお会いしたのは2016年の9月ごろ、築地本願寺で、ですね。あっ、全然覚えてないですか?(笑)

望月 全っ然覚えてないです。スミマセン(笑)。

布施 ちょうど政府が2015年に成立させた安保法制を初めて適用して、南スーダンPKO部隊に「駆け付け警護」という新任務を付与しようとしている時でした。市民グループの主催でそのことを考える勉強会があって、そこで僕が報告者の一人として発表しました。

政府は「南スーダンでは武力紛争は発生していない」と言い続けて、よりリスクの高い新任務まで付与しようとしていたわけですが、僕が情報公開請求で入手した派遣隊員向けに作成されたハンドブックでは、「2013年12月以降、南スーダンでは紛争が続いている」と説明していたんです。

僕がその話をしたら、望月さんが、すごく食いついてきて(笑)。集会が終わった後に僕のところに来て、ガンガン質問をされて。

いろんな記者の方とこれまでお会いしてきましたけど、望月さんのエネルギーがハンパないなっていう風に思って、今もすごく印象に残っています。

望月 そんなことがありましたか(苦笑)。

★望月衣塑子氏×布施祐仁氏が対談! 日本が真の「民主主義」になるために必要なことは?

※本記事は2022年5月18日(水)に本屋B&Bにて行われた『自衛隊海外派遣 隠された「戦地」の現実』(集英社)刊行記念イベント、「『これからの自衛隊』とジャーナリズムの役割」の内容を一部再構成したものです。こちらのイベントは6月19日(日)まで、以下のページでアーカイブ動画が販売されております。
https://bookandbeer.com/event/20220518_sdf

『自衛隊海外派遣 隠された「戦地」の現実』(集英社新書)

ジャーナリズムの役割は空気を壊すこと(集英社新書)