『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、少子化対応や産業力強化といったリスク対応メニュー不在のまま、軍拡政策だけは前のめりで推進する岸田政権について解説する。

(この記事は、6月6日発売の『週刊プレイボーイ25号』に掲載されたものです)

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今夏の参議院選挙で自民党を投票先に考える有権者が50%を超えたという(日経新聞5月30日付)。今年2月の42%から8ポイント上積みされた。2位の日本維新の会(8%)、3位の立憲民主党(7%)という結果を見れば、参院選は自民の大勝で終わる公算が大きい。

参院選に勝利すれば、衆議院解散がない限り、その後の3年間大きな国政選挙はない。岸田文雄首相にとって、選挙を気にせずやりたい政策を打てる「ゴールデンタイム」となるのだ。

ただ、彼は何がやりたいのか見えないところが多い。看板政策「新しい資本主義」の原案(5月29日発表)にはスタートアップ支援や人への投資(成長分野への100万人移動支援)、GX(※)やDXに10年間で150兆円を投資するといった大ざっぱなメニューが並ぶだけ。財政健全化や少子化対応、産業競争力復活などを含め、今後の日本を左右する重要政策に新規性はない。

(※)グリーントランスフォーメーションの略称。再生可能エネルギーや脱炭素ガスの使用を企業に促すことで、社会経済の変革を目指すこと。

一方、これとは対照的に明確かつ具体的な政策がある。それは、「反撃能力の保有」や「防衛費をGDP比2%に増額」といった中国封じ込めを意識した安全保障に関するものだ。

防衛費は国家予算なので、本来ならばまずは国会でその是非を審議しないといけない。ところが、岸田首相は訪日したバイデン米大統領にいきなり増額の方針を約束した。首相の前のめりぶりは明らかである。

「スタンド・オフ防衛能力」強化の議論もそうだ。スタンド・オフ防衛能力とは敵の脅威の圏外から対応できる軍事能力のことだ。この能力を得るには長射程のミサイルなどの保有が必要となるが、日本はそうした兵器は専守防衛を逸脱しかねないと保有を見送ってきた。

だが、2021年7月、自公政権は台湾有事に備えて島嶼防衛を強化する必要があるとして、「12式地対艦誘導弾能力向上型」を三菱重工業と契約、射程900~1500kmの長射程ミサイルの開発に乗り出した。しかし、長射程のミサイルを持てば、島嶼防衛にとどまらず、敵基地攻撃、さらには中国の首都・北京を攻撃することも可能となる。

憲法9条改正の議論が喧(やかま)しいが、岸田首相にとって、その成否はどうでもいいのかもしれない。なぜなら、「自衛のために最小限の戦力を持つことは許容される」と言いつつ、すでにスタンド・オフ防衛能力の強化を名目に北京攻撃の準備まで始めているからだ。

敵基地攻撃能力も防衛能力と言い換えて憲法違反ではないと強弁している。ロシアや中国の動きに不安感を募らせる国民の心理につけ込み、粛々と既成事実を積み重ね、米国と共に中国と戦争できる国づくりを急ぐ戦略なのだ。

前述のとおり、参院選後の3年間は国政選挙がなく、岸田政権はこの戦略に沿ってなんの気兼ねもなくいっそうの軍備拡張に邁進(まいしん)するだろう。

こうした動きに対して、国民がこのまま突き進んで大丈夫なのかと不安になり、中国との戦争を避けるために対話や外交を優先させるべきだと気づくかもしれない。だが、その民意を政府に示すチャンスは3年間ほぼ奪われる。

少子化対応や産業力強化といった具体的なリスク対応メニュー不在のまま、軍拡政策だけは前のめりで推進する――それがゴールデンタイムにおける岸田政権の姿である。そのことを認識した上で、参院選では政党や候補者を選んでほしい。

●古賀茂明(こが・しげあき) 
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中。最新刊『日本を壊した霞が関の弱い人たち 新・官僚の責任』(集英社)が発売中

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