いまだ終わりの見えないウクライナでの戦闘において、ウクライナ軍はアメリカから供与された155mmM777榴弾砲100門により、ロシア軍を国境付近まで押し戻し始めている。しかしウクライナ軍の苦戦は続き、東部戦線は依然ロシア軍有利の状況が続いている。
そんな中、ウクライナはアメリカへ多連装ロケットシステム(MLRS)の供与を求めていたが、アメリカに続きイギリスもMLRSを供与すると発表した。
このMLRSとはどんな兵器なのか? また、ウクライナにおいてどのような役割を果たすのか? 元・陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長の二見龍元陸将補に解説してもらった。
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「今ロシア軍は東部戦線において、旧ソ連時代からの得意な戦い方に持ち込んでいます。それは『大砲と戦車の量が多い方が勝てる』という重戦力同士の戦いです。
第2次世界大戦以降の重戦力同士の戦いは、徹底的に空爆と砲兵射撃をしてから戦車部隊を突進させるという方式で行われていました。しかし今回のウクライナ戦争では、両軍共に航空優勢を獲れない状態で、上空にはドローンが飛び交っています。戦場は砲兵が主役の状況になっています。
ロシア軍はまず『ZSU23』対空戦車でウクライナ軍のドローンを撃墜し、それと同時に大量の火砲を使って攻撃準備射撃、攻撃支援射撃を開始します。その後、戦車部隊を進撃させ敵陣を蹂躙するという、第1次世界大戦的な戦闘の様相を呈しています。
ロシア砲兵部隊は、長射程ロケット砲をウクライナ軍砲兵の射程外から使い、瞬間制圧力でウクライナ軍砲兵部隊陣地を徹底的に叩きます。さらに、その後方にいる兵站部隊も叩き、大きなダメージを与えています。ナチスドイツ軍が、その発射音から『スターリンのオルガン』と恐れた、世界最初の自走式多連装ロケット砲『カチューシャ』の一斉射撃と同じ戦法です。
砲撃が終わると、ロシア戦車部隊は前に出ますが、そこをウクライナ軍が対戦車ミサイルで攻撃します。そうなるとロシア戦車部隊は一旦下がり、再び砲兵で砲撃して、また前に出る。その繰り返しなのです」
ロシア軍が使うのはBM30スメルチなどの自走式のMLRS。BM30は300mmロケット弾を射程90キロで、40秒間に12発撃つことができる。
「ロシアのMLRSの90キロという長射程が、ウクライナ軍を窮地に追いやっています。ボクシングでリーチが長いボクサーが有利に立つことと理論は同じです」
前述したように、ウクライナ軍にはアメリカ軍供与の最新155mmM777榴弾砲(最大射程57キロ、命中誤差約2m)が100門ある。
「今回は、M777の精密誘導弾と情報ネットワークシステムは供与されませんでした。さらに、これを最大射程で撃とうとすれば砲身がすぐに焼けてしまいますから、多くの砲弾を短時間で撃つことができません」
M777の最速発射速度は毎分5発だが、それで最大射程で30発ほど連射すると、整備をしなければ不具合を起こしてしまうようだ。今、最前線でM777が撃てなくなるのは、ウクライナの危機となる。
「現在は、射程25キロ程度で、持続射撃で30秒に1発ずつ撃っています。砲兵隊は18門で1個大隊ですから、全5個大隊で戦っています。そして、撃ったら直ちに陣地移動をしないと、ロシア軍のロケット弾が大量に撃ち込まれてしまいます」
一方、ロシア軍の砲撃射程は90キロだ。
「ロシア軍は3個大隊の砲兵の火力を並べ、陣地を固定して撃ち続けられます。その火力差はウクライナ軍の6、7倍になります」
現状のM777だけでは、ウクライナ軍はロシア軍に撃ち負ける。ウクライナ軍が供与を求めたアメリカ陸軍M270MLRSは射程70キロ、12発の誘導ロケット弾を54秒で全弾発射可能だ。
「即ち、MLRS1基で155mm砲兵隊1個大隊の2/3の射撃を瞬時に行うことができ、さらにけん引式ではなく自走式なので、すぐに移動できます」
アメリカはウクライナへMLRSを48両供与する予定だが、それは155mmM777榴弾砲576門に匹敵する火力だ。
「MLRSを撃つには、ウクライナ軍砲兵部隊ならば2週間も訓練すれば可能です。ただし、ターゲティング、通信、再装填、車両整備など全体の運用は、民間人と称する私服の技術指導員が行うはずです」
それは、元アメリカ陸軍砲兵のベテランだ。
「私だったら、MLRS部隊を訓練のために散発的な戦闘が行われている地域へ投入します。今ならば、ロシア軍部隊が損耗しており補充の無い南部ヘルソン辺りに投入し、長射程で撃つ練習をさせます。腕を上げれば、徐々に激戦区の東部戦線に投入していきます」
東部戦線のロシア軍ロケット砲部隊は固定陣地だ。そこにウクライナ軍のMLRSが導入されれば、戦況は一気に動くかもしれない。