「まずは正しい危機感を持つことが大事で、その上で、具体的なサイバーセキュリティの強化も『アメリカ依存』でいいの? という点についても考える必要がある」と語る山田敏弘氏

開戦から100日を超え、いまだ出口の見えないウクライナ問題。ロシアとウクライナの戦争を通じてあらためて印象づけられたのが、サイバー攻撃や両陣営のプロパガンダ合戦といった「情報を巡る戦い」の重要性だ。

米中の対立が深まるなか、情報やサイバー空間でも新たな覇権を狙う中国と世界はどう向き合うのか? そして、日本のサイバーセキュリティの課題は?

新刊『プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争』(文春新書)の著者で、この問題に詳しい国際ジャーナリストの山田敏弘氏に話を聞いた。

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――ロシアのウクライナ侵攻では連日、双方によるプロパガンダ合戦が展開されています。

山田 戦争の見え方や世論を、情報や宣伝の力で自分たちに有利な方向へと導く「プロパガンダ」の歴史は古く、例えば今回、ロシアが侵攻の大義名分に使おうとした「ウクライナ東部のロシア系住民がネオナチに攻撃されている」という主張も、「偽旗作戦」という古典的なプロパガンダです。そして、ロシアはその後もさまざまな形で偽情報を含む情報戦、宣伝戦を繰り広げています。

一方、ウクライナ側もこうしたロシアの情報がフェイクであることをアピールしながら、ロシア兵による虐殺の証拠やミサイル攻撃の被害に遭った病院の映像など、国際社会からのウクライナに対する支援や共感につながるような情報を積極的に発信し続けています。

その上で、今回のウクライナでの戦争で感じるのがテクノロジーの進化、特にSNSを中心としたメディアのあり方の変容が、こうしたプロパガンダを使った情報戦を大きく変えている点です。

ネット上で繰り広げられる今回の情報戦では、ウクライナを支援する西側諸国の情報当局だけでなく、GAFAM(Google、Apple、Meta、Amazon、Microsoft)に代表されるビッグテックが関わっているので、ロシア側の偽情報が次々と検証され、「ロシア≒フェイク」というイメージが強調されています。

――私たちはニュースを見ながら「ロシア側の情報操作はヒドいけど、ウソだってバレバレじゃん?」と感じていますが、それもウクライナと西側諸国によるプロパガンダの成果だと。

山田 そうですね。要するにどちらが主導権を取るかという世界で、その点、西側諸国の情報機関だけでなく、民間企業のビッグテックにも支援されているウクライナは、ロシアとのプロパガンダ戦を有利な形で展開していると感じます。

――より直接的に、相手の電子システムを攻撃して破壊・無力化するサイバー攻撃の面でも、今回ロシアは苦戦しているように見えます。

山田 2014年のクリミア侵攻では、ロシアが事前に強力なサイバー攻撃を仕掛けてウクライナ側の防衛システムをまひさせて電撃的な侵攻に成功したことが知られています。08年のロシアによるジョージア侵攻(南オセチア紛争)も同様ですが、ロシア側にはこれらの成功体験から一種の「過信」があったのではないでしょうか。

その一方でアメリカはその反省から巨費を投じてウクライナのサイバーセキュリティ強化を陰で支えました。マイクロソフトなどの民間企業も巻き込み、ロシアによるサイバー攻撃への対策を着々と進めてきたのです。

もちろん、ロシアは今回も非常に高度なサイバー攻撃を仕掛けているのですが、ウクライナとアメリカ、そしてNATOの側にはそれを迎え撃つ準備が整っていたのだと思います。

――情報戦の重要性が高まるなかで気になるのが、今や世界をリードする「IT大国」となった中国の存在です。アメリカ主導によるファーウェイ製品排除の動きなど、米中の覇権争いはサイバー空間でも過熱しているようですね。

山田 例えば、一般の人がファーウェイのスマホを使っていても、それで、その人に直接的な危険があるかといえば、ほとんどないかもしれません。

もちろん、そこから情報が中国政府に盗まれている可能性はありますが、以前、E・スノーデンが暴露したように、同じようなことはアメリカもやっている。では、「どちらに情報を抜かれるのがマシなのか?」という話になるわけです。

例えば、日本でいうLINEと同じくらい中国で普及している『WeChat』というアプリは、中国当局が内容をチェックできるよう暗号化されていません。また中国の場合、ファーウェイやアリババなど中国の民間企業が政府の意向に逆らうことは現実的に不可能です。

中国企業の製品や基地局などの通信インフラを通じて、中国政府から情報が盗まれている可能性は否定できませんから、それらに大きく依存する国や社会が中国と敵対する「有事」に直面したとき、どうなるのか?

アメリカが懸念しているのはまさにこの点で、自分たちが依存している製品やインフラが突然使えなくなる恐れがあるとして、ファーウェイを排除する法律を成立させています。

当初は中国との経済関係を重視し、こうしたアメリカの動きに消極的な姿勢を見せていたドイツやフランスなどのEU主要国も、香港や新疆(しんきょう)ウイグル自治区での人権問題や安全保障、情報管理の観点から、中国への警戒感を強めています。

――日本のサイバーセキュリティは大丈夫なのでしょうか?

山田 日本はアメリカと違い、明確にファーウェイを排除していませんが、政府や防衛省の人はファーウェイ製品を使っていないと思います。ただ先日、防衛省で「レノボのパソコンが配給された」と内部の関係者に聞いて、少し心配になりました。

繰り返しになりますが、アメリカも情報を盗んでいますから中国だけが悪いというわけではない。ただ中国企業は政府と切っても切れない関係ですから何かあったときのことを考えれば依存するのは危険です。国家や防衛の機密、企業で重要な知的財産を扱う人のセキュリティを高めていかなければならないというのは陰謀論でもなんでもなく、当然のことだと思います。

まずは正しい危機感を持つことが大事で、その上で、具体的なサイバーセキュリティの強化も「アメリカ依存」でいいの? という点についても考える必要がある。日本には独自に強力なサイバーセキュリティ環境を整備できる技術力や人材はそろっていると思います。

●山田敏弘(やまだ・としひろ)
1974年生まれ。国際ジャーナリスト。米ネヴァダ大学ジャーナリズム学部卒業。講談社、英ロイター通信社、『ニューズウィーク』などの記者を経て、米マサチューセッツ工科大学で国際情勢とサイバーセキュリティの研究・取材活動にあたる。帰国後、フリーに。著書に『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『死体格差 異状死17万人の衝撃』(新潮社)、『サイバー戦争の今』(ベスト新書)など

■『プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争』
文春新書 935円(税込)
ウクライナ戦争で一気に注目を浴びることになったサイバー戦争や情報戦争。サイバーセキュリティの専門家が、ウクライナ戦争で行なわれた情報戦の実態、中国が力を注ぐ「5G」「AI」「デジタル通貨」といったサイバー分野で今起こっていること、そしてアメリカが対中融和路線から中国をはっきりと「敵」と位置づける強硬路線に転じた理由などを徹底解説し、日本のインテリジェンスに必要なことを提言する

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