2019年3月にウクライナ東部で勃発した正規軍と非正規軍の紛争において使われたドローン用爆弾(右)とそれを運んだドローン(左)。爆弾のフィン部分は3Dプリンターで製造されている。これ以外にも、偵察用ドローンの製造や修理にも3Dプリンターが大活用されている。(写真のドローンは3Dプリンターで作られたものではない) 2019年3月にウクライナ東部で勃発した正規軍と非正規軍の紛争において使われたドローン用爆弾(右)とそれを運んだドローン(左)。爆弾のフィン部分は3Dプリンターで製造されている。これ以外にも、偵察用ドローンの製造や修理にも3Dプリンターが大活用されている。(写真のドローンは3Dプリンターで作られたものではない)

ロシア・ウクライナ戦争で、ウクライナ軍の戦力の要になっているドローン部隊。その華々しい活躍の陰で、実はもうひとつの民生技術が暗躍している。

銃に使われる小さな部品から大きな防護壁まで、なんでも作れる3Dプリンターだ。21世紀の戦争は、無限の可能性を持つ3Dプリンターを中心に回る!!

■20年間は飛ばないが40日間は飛ぶ

圧倒的戦力を持つはずのロシア軍だが、戦線は膠着(こうちゃく)している。特に目立つのはウクライナ軍のドローン部隊だが、ドローンと同じく民生技術の3Dプリンターも活躍しているという。慶應義塾大学SFC研究所上席所員で、テクノロジーと軍事の関係に詳しい安全保障アナリストの部谷直亮(ひだに・なおあき)氏はこう話す。

「3Dプリンターはデジタルデータに合わせて、さまざまな素材を積層して立体物を"印刷"(成形)する工作機械です。その特長はなんといってもコスパの良さ。

これまではひとつの部品を作るのにも、工場のラインを動かして、職人が金型を作って、材料を調達して、と時間も資金もかかりましたが、3Dプリンターを使えば必要なときに必要な分だけ製造できる。しかも、複雑で精巧なものも成形できるため、戦地で重宝されているのです」

では、実際にどのように使われているのか?

「ロシアの侵攻に対し、ウクライナは3Dプリンターで製造したドローンを偵察用に使ったり、対装甲手榴弾(しゅりゅうだん)に3Dプリンターで作ったフィンをつけたりしています。これは手榴弾をドローンで運んで落とす際、バドミントンのシャトルの羽根と同じ要領で真っすぐ落とすためです。

これにより命中率が格段に上がり、隊列を組んでいたロシア軍のトラックを撃破しまくり、65㎞もの"キーウの大渋滞"を起こしたのです。また、ドローンや銃が破損した場合も部品を印刷して修理しています」

対装甲手榴弾RKG-3のBに、3Dプリンターで作ったフィンAを装着すると対装甲手榴弾RKG-1600になる 対装甲手榴弾RKG-3のBに、3Dプリンターで作ったフィンAを装着すると対装甲手榴弾RKG-1600になる

命中率が大幅UP、手榴弾用フィン。フィンの効果により、300m上空から落としても、直径1mの的を外さないという。300m上空を飛ぶドローンは地上からは目でとらえることも、音で察知することも不可能 命中率が大幅UP、手榴弾用フィン。フィンの効果により、300m上空から落としても、直径1mの的を外さないという。300m上空を飛ぶドローンは地上からは目でとらえることも、音で察知することも不可能

3Dプリンターが活用されているのは前線だけではない。

「兵士のプロテクター、敵情を偵察するための潜望鏡、ケガに使う止血帯のホルダー部分なども3Dプリンターで製造されたものが使われています。しかし、すべてがウクライナで作られたワケではなく、他国の3Dプリンターで製造されたものも多いんです」

特に大きいのは隣国・ポーランドからの協力だ。ポーランドの首都ワルシャワにある3Dプリンター企業SygnisのCEOが、戦地の物資不足に役立つことを期待して、ウクライナのリビウに住む技術者の友人に3Dプリンターや印刷用の材料を送ったところから始まった。

「ポーランドの技術者たちは組織を形成し、3Dプリンター本体だけにとどまらず、作った製品を送るムーブメントが起こりました。ウクライナのDX担当大臣の『戦車に対する最善の解決策は技術だ』という発言から『テック・アゲインスト・タンクス』と名づけられたそのネットワークはヨーロッパ中に張り巡らされています。

世界中の技術者たちがSlack(メッセージアプリ)を用いて設計図のやりとりをしており、それによってオンラインでデザインをブラッシュアップすることも可能になっているんです」

敵情が偵察できる潜望鏡。3Dプリンターで筒部分を印刷し、中に2枚の鏡を入れることで製造可能。ウェブ上に設計図のデータが公開されており、現地に送ることも可能だ 敵情が偵察できる潜望鏡。3Dプリンターで筒部分を印刷し、中に2枚の鏡を入れることで製造可能。ウェブ上に設計図のデータが公開されており、現地に送ることも可能だ

止血帯や潜望鏡の設計図はウェブ上にアップロードされており、3Dプリンターさえあればボタンひとつで誰でも製造可能になっている。

「このプロジェクトに使用される3Dプリンターの数は1000台以上。それによって一日に1万もの物資を作ることが可能になっています」

この組織はウクライナ国防省と密にやりとりをしており、必要な物資や部品の連絡を受ければSlackで共有し製造しているという。

一方、ロシア側の3Dプリンター活用術は?

「ロシアは爆弾の弾頭を3Dプリンターで作り、中に火薬とベアリングを詰めてドローンで爆撃したケースが報告されています。ただ、やはりドローン同様、新しい技術をうまく使えているのはウクライナでしょう。

ドローンも3Dプリンターもできることが無限大。ウクライナ軍がスゴいのは、その中で最適なコンボを叩き出しているところ。ドローンと3Dプリンターの組み合わせがまさにそれです」

ロシア軍も3Dプリンターで軽量型弾頭を製造している ロシア軍も3Dプリンターで軽量型弾頭を製造している

中には火薬と、爆発と同時に散弾する直径6㎜の鉄球が入っている。プラスチック製で軽いためか地面に落ちたときの衝撃が弱く、不発になることも 中には火薬と、爆発と同時に散弾する直径6㎜の鉄球が入っている。プラスチック製で軽いためか地面に落ちたときの衝撃が弱く、不発になることも

両軍で多用されている3Dプリンターだが、軍事品として耐久性に問題はないのか。

「材料の多くは樹脂、つまりプラスチックで作られるので当然耐久性には限度があります。しかし、例えばドローンでいえば、20年間は飛ばないかもしれないが40日間は飛ぶ。軍事利用という視点でいえばそれで十分なんです。

フランス海軍では3Dプリンターで作ったスクリューを艦艇で使う実験をしていますし、プリンターの種類によっては丈夫な部品も製造可能です。

ただ、金属用の3Dプリンターは値段も高く、サイズも大きいため、ウクライナでは家庭で使える一般的なものが多用されていると思われます。なかにはコンクリートで印刷するものもあり、ウクライナではチェコの会社がそれを使って防護壁を作りました」

3Dプリンターの中には樹脂ではなく金属やコンクリートで成形するものも。チェコの企業は建設用3Dプリンターでウクライナのためにコンクリートの防護壁を作った。このプリンターは寄贈され、戦争終結後には住宅などの建設に使われる予定だ 3Dプリンターの中には樹脂ではなく金属やコンクリートで成形するものも。チェコの企業は建設用3Dプリンターでウクライナのためにコンクリートの防護壁を作った。このプリンターは寄贈され、戦争終結後には住宅などの建設に使われる予定だ

■3Dプリンターは軍事と相性バツグン

民生技術である3Dプリンターの進歩は軍事技術に3つの多大な影響を与えていると部谷氏は言う。

「ひとつ目は開発への影響です。前述したように、これまでは試作するたびに高額な金型を作り直し、工場のラインを動かす必要がありました。でも、3Dプリンターであればトライ&エラーが低コストで簡単にできる。

それによって開発スピードがかなり上がったんです。中国軍の極超音速兵器の開発が異様な速度で進んでいるのは3Dプリンターがあるからだといわれていますし、北朝鮮も核兵器やICBMの研究で使っていると考えられます。

ふたつ目はサプライチェーンへの影響。3Dプリンターと設計図データと材料さえあれば自国内でほとんどなんでも作れちゃうので、これまでの原材料調達→生産管理→物流→販売というプロセスが大幅に圧縮できる。

もっと言えば、平和的な外交手段である経済制裁の効果も無効化できちゃうんです。半導体のような精密な部品はまだ実用できるレベルでの製造には至っていませんが。それでもロシアは今後3Dプリンターに依存することになると思います。

3つ目は修理への影響です。防衛装備品は製造されてから何十年も使用することが少なくありません。米軍のB-52戦略爆撃機なんてベトナム戦争の前から飛んでいましたがいまだ現役ですし。

ただ、そういった旧式機はすでに多くの部品が製造されていないんですよ。それによって整備や修理もできず、兵器そのものを放棄しなければならなくなる問題が起きつつありました。しかし、3Dプリンターならそういった旧式機の部品が作れる。

米軍からもらった旧式機を多く所有している台湾軍は、3Dプリンターでレプリカ部品を作り問題を解決しました。さらに、部品を軽量化することで性能向上も期待しているのです。

以前、私の友人の自衛官が、米海兵隊とAAV7という水陸両用車に同乗していたら、後ろのアンテナの部品が壊れちゃったのですが、軍曹がその場で印刷したそう。今までだったら、防衛産業の工場で止まっていたラインを動かす必要がありました。防衛産業もその重要な収益源を手放したくなかった。

しかし、米国防総省が権利の整理を行ない、印刷するたびに企業側にライセンス料を納入させるようにした。企業としては、儲けは減りますが、ラインの莫大(ばくだい)な維持費がかからなくなり、権利費がノーコストで入ってくるようになったので、決して悪い話ではないんです」 

しかし、大量生産する場合、3Dプリンターだと高コストになってしまうのでは?

「確かに、大量生産においては従来の生産方式のほうが安く済みます。しかし、軍用品って意外と生産数が少ないんですよ。"戦争"と聞いて、太平洋戦争のようなものを思い浮かべる人が多いと思うのですが、大量生産して大量破壊する戦争はもうほとんどないんです。

技術の進歩によって爆撃の命中率も上がったため大規模に攻撃する必要がなくなった。例えば、米軍のF-22戦闘機の総生産数は197機、自衛隊の機動戦闘車の年間調達数は30両強でしかないのです」

戦争で変わってきているのは規模だけではないと部谷氏は指摘する。

「近代以降の総力戦体制から、中世の戦争に似てきたと感じます。軍事技術が生まれたのは近代以降で、それまでは火縄銃を作るのは鍋や釜を作っていた職人だったり、刀を作るのは包丁を作っていた鍛冶屋だったりした。

つまり、民生技術と軍事技術の境目があまりなかった。ドローンも3Dプリンターも同じですよね。ドローンなんてオモチャみたいなものが戦車を倒すなんて誰も想像していなかった。民間の技術によって戦争が発達しているんです」

米陸軍が計画中の世界最大の金属3Dプリンターの完成予想図。最大で長さ約9m、幅約6m、高さ約4mの金属製品が印刷可能。軍用車両の軽量化、製造の低コスト化を図っている 米陸軍が計画中の世界最大の金属3Dプリンターの完成予想図。最大で長さ約9m、幅約6m、高さ約4mの金属製品が印刷可能。軍用車両の軽量化、製造の低コスト化を図っている

国際情勢に変化は?

「世界中で3Dプリンターが発達すれば、中国が大量生産して各国に大量輸出していた構図が一気に変わるでしょう。オバマ元大統領も3Dプリンターでアメリカの製造業の雇用を取り戻すと発言していました。中国もそれを危惧して3Dプリンター技術に力を入れています。

3Dプリンターが普及した世界で勝つのは"データの権利を持つ国"と"3Dプリンター本体を作る国"になるでしょう。また、そうなると各国のサイバー防衛能力も重要になる。設計図が盗まれたら終わりなので」

その中で日本は?

「国全体がデジタル化に遅れているので、当然、自衛隊も遅れています。正直、ロシアのほうが進んでいますよ。

以前、陸上自衛隊が米海兵隊と同じ水陸両用車を新品で買ったのですが、70年代に開発されたものだったためラインを新しく作り直させたんです。だから高かった。

米側から中古品を安く提供するという話もあったのにです。自衛隊が3Dプリンターをちゃんと活用できれば、中古品を安く購入し不具合を適宜修正するほうが安上がりだったはず。

これからの世界は可能性が無限大なドローンや3Dプリンターなどの技術をどう扱えるか、という戦いになる。それはつまり個々人の知性が国力になるということです」

日本はすでに出遅れている3Dプリンターレース。その勝者が次の世界の覇権を握る?