去る6月17日、ウクライナの首都・キーウを電撃訪問し、「この訓練で『戦争の方程式』を変えられる」との声明を発表した英国のジョンソン首相。ロシアとの戦いにおいてウクライナが変えてしまう可能性のある『戦争の方程式』の真意とは一体何なのか。
元・陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長の二見龍元陸将補に解説してもらった。
「まず、一番単純な戦争とは、ウクライナとロシアが自国の軍隊だけで戦い、兵力の大きな方が小さい方をすり減らしていき、片方の国が無くなるというものです。これがこれまでの『戦争の方程式』です。ただ、今回の戦争は新しい戦争形態となっているので、その方程式が変っていきます」
6月18日の報道によるとウクライナ軍は、これまでの戦闘で戦車400両、歩兵戦闘車1300台、ミサイル発射システム700基など装備の50%を失ったことを自ら明らかにしたという。
「装備を半分失ったと自ら発表してしまうのが、『戦争の方程式』の変化の第一段階です。自分たちの損害を積極的に明らかにするのは、敵に有利な情報与えてしまうことになるので通常は行いません。しかしこれは、旧ソ連製の古い兵器が50%分、新しい西側からの装備に切り替わった、との報告なのです。
ウクライナ軍の失った装備に代わる装備を、NATO(北大西洋条約機構)や米国がポーランド国境経由で補給し、軍隊が回復してロシア軍と戦う。これが『戦争の方程式』が新しい形に変化する第二段階です」
6月25日の報道によると、ウクライナ軍トップは米参謀本部議長と電話会談し、「ロシア軍と同等の兵力が必要だ」と伝えたという。そんな大兵力の補充はNATO地上軍でも派遣しなければ到底無理なのではないだろうか。
「今、ロシア軍の侵攻兵力は総計10数万人と想定されます。これと同じ兵力をウクライナ軍が準備すればいいので、そんなにハードルは高くないのです。
今までの戦争では兵力が足りなくなると、自国の後方で備える軍の様々な兵科の教育部隊からそこの学生、教官を引き抜いて最前線に補充してきました。これをやると、次回補充する時に新兵の教育ができなくなり、兵の質が格段に落ちます。
そこで、英国がウクライナに、最大4か月かけて英国内にてウクライナ軍兵士1万人の訓練を行う、と申し出ました。
ここからが『戦争の方程式』を変える第三段階です。
本来、自国の国力を使って新兵の訓練をすべきところを、他国でやってもらう。英国が新兵訓練を開始すれば、他のNATO諸国も開始します。同時に、米国やNATOからの膨大な額の軍事援助によって、凄まじい量の西側戦闘装備が無料で届けられています。
即ち、ウクライナは兵隊だけを出し、その訓練、持つ兵器、それに掛かる費用全て他国が援助するという形の戦争を今、やっているのです。
このやり方だと、ウクライナの国力が落ちない。国力と軍事力が大きい方が勝つ、というこれまでの『戦争の方程式』が書き換えられるのです」
ロシア軍兵士は訓練が不十分で質が落ちているのを、ロシア民間軍事会社「ワグネル」の傭兵、チェチェン人部隊を頼りにしている。
「部隊の損耗率が15%になると部隊の交代や人員の補充・再編成が必要となります。逆に部隊の15%の新兵を常に補充できる教育訓練が出来ていれば、ずっと元気はつらつな部隊が最前線にずっといる状況となる訳です。
しかし、兵隊はずっと最前線で戦えません。精神が壊れてくるので、ある程度戦ったら休ませないと持ちません。ここで英国での兵隊訓練が効果を発揮してきます。
最前線の部隊を交代させ、一度ウクライナ国外に出して、英独仏などの後方でリフレッシュさせます。国外で休養し、再訓練して元気になり、また最前線に戻って来るサイクルが完成します。ロシア軍はずっと最前線で戦わせられるので、どんどんと心がすり減り、損耗していきます」
即ち、『戦争の方程式』はこう変わっていく。
まず、旧ソ連製装備が破壊されて、それが全て西側の最新型の戦闘装備に無料で切り替わる。さらにそれを扱う新兵訓練を、ウクライナ国外の英国やNATO諸国にて無料で行う。そして、西側の最新兵器を携え扱えるウクライナ軍新兵が最前線へと次々に投入される。最前線にいた疲れ切ったウクライナ軍兵士は国外に出て、英国やNATO諸国で休養、その地で再訓練し最前線に戻って来る。
これこそが英首相の「『戦争の方程式』が変えられる」発言の真意なのだ。
「今、ロシア軍はウクライナ東部に兵力を集中してくれたので、分散せずに集まっています。そこをボコボコにして、速く綺麗にしやすい戦況になっています」
『戦争の方程式』は書き換えられ、次のフェーズへと動き出し始めている。