『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、日本の屋台骨を支える基幹産業である自動車製造が、再生可能エネルギービジネスの二の舞いになりかねないと恐れる根拠について解説する。
(この記事は、7月4日発売の『週刊プレイボーイ29号』に掲載されたものです)
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日本の自動車産業が、再生可能エネルギービジネスの二の舞いになるのでは、と本気で心配している。
かつて日本の再エネは世界のトップを走っていた。特に太陽光ではシャープ、京セラ、三洋電機、三菱電機といった有力企業が業績を伸ばし、2005年頃には世界シェアの半分を日本勢が占めたほどだった。
ところが、今では世界トップ10に日本企業の姿はない。風力に至っては19年に日立製作所が撤退を発表し、発電ユニットを自社製造する日本企業はゼロになってしまった。
日本のお家芸だった電機産業や半導体産業が凋落(ちょうらく)した今、自動車製造は日本の屋台骨を支える基幹産業だ。それが再エネビジネスの二の舞いになりかねないと私が恐れる根拠は、政府の経済・財政運営の指針「骨太の方針」の記述にある。
「骨太」の原案にはカーボンニュートラルに向けた目標として「2035年までに新車販売で電動車100%」という文言が書き込まれ、脚注で電動車とは「電気自動車(EV)、燃料電池自動車、プラグインハイブリッド自動車及びハイブリッド自動車」と補足されていた。
ただ、ロイターによれば、自動車業界トップのトヨタ自動車の豊田章男社長の強い圧力に負けて、この部分が「いわゆる電動車」と修正され、脚注部分も本文に格上げされてしまった。
これにより、電動自動車にEVや燃料電池車のみならず、プラグインハイブリッド、さらにはハイブリッドまで含まれることが非常に明確になったのだ。トヨタの大勝利である。
だが、これは日本にとって致命的な失敗になることは必至だ。EV競争にしのぎを削る欧米や中国などでは電動自動車といえば、普通は純粋なEVを指す。内燃機関とモーターを組み合わせたハイブリッド車を電動自動車に含めることはない。
EV化に完全に出遅れたトヨタは得意のハイブリッド車に水素やバイオ燃料などを組み合わせることで、なんとかエンジン車も脱炭素車として生き残らせたいという「夢」を見ている。今年の「骨太」はそのトヨタの夢にお墨付きを与えてしまったのだ。
しかし、これでは日本の自動車メーカーはもちろん、全国に5800社、年間総売り上げ27.5兆円とされる自動車部品関連企業は大変だ。EVとエンジン車の両方の開発、製造、部品供給を強いられ、経営資源を集中できないまま、EV化の国際競争に敗れるのがオチだろう。
政府が日本の自動車産業の育成に本当に責任を持つ覚悟があるなら、業界の要望に唯々諾々(いいだくだく)と従うようなまねはやめるべきだ。
米テスラ社の昨年のEV年産は100万台弱。中国や欧米のメーカーも数十万台で後を追う。テレビCMではいかにも電気自動車の先進企業であるかのように宣伝しているトヨタはわずか数万台。しかもトヨタが鳴り物入りで今年デビューさせたEV「bZ4X」は、タイヤボルトが脱落する恐れがあるとして、発売3ヵ月でリコールとなった。
「骨太」修正によるハイブリッド車延命は日本自動車業界敗北への道筋を確定したと将来批判されることになるだろう。政府は業界の意向に振り回されず、充電ステーションを増設し、EV補助金を水素自動車並みに拡充するなど、さらなるEV振興策を打ち出すべきだ。「骨太」の修正ももちろん必須である。
●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中。最新刊『日本を壊した霞が関の弱い人たち 新・官僚の責任』(集英社)が発売中