ウクライナ南部で、ウクライナ軍とロシア軍の激戦が続いている。現在のリアルな状況を元・陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長の二見龍元陸将補に解説してもらった。
「今回の戦争でドローン無人機が戦場での戦い方を激変させました。いまウクライナで両軍がやっているのは、最新の対空ミサイル網で戦闘機が上空を飛行することを不可能にし、塹壕戦で最強だった戦車や装甲戦闘車を片っ端からドローンと対戦車ミサイルで撃破するということ。結果、両軍は第一次世界大戦と同じ『砲兵戦』をやらざるをえなくなった。まずこのことを理解しないとなりません」
その砲兵戦でいま、ウクライナ軍が戦局を有利に進めている理由のひとつに、米軍から供与された、射程80kmの精密誘導ミサイルを6発装備したハイマース(高機動ロケット砲システム)の存在がある。
「いまのところハイマースは『戦略兵器』になっていますね。ウクライナ軍の使い方は上手だと思います。あのミサイルは一発2,700万円します。6発撃てば1億5000万円超が吹っ飛びますが、その価値がある戦果を出しているといえます。『精密誘導兵器』なのでロシア軍の手が届かない場所から、正確に目標を破壊しています」
ハイマースの移動発射機の台数はわずか16基。1990年後半、湾岸戦争でイラクのフセイン大統領は、自国の西部から移動発射機でスカッドミサイルをイスラエルに撃ち込んだ。アラブ連合との協力が崩れようとした時、英米は最精鋭の特殊部隊をイラク西部砂漠地帯に投入し、スカッド狩りを開始、発射機を潰しまくった。
それと比較すると、ロシア軍の特殊任務部隊「スペツナズ」がウクライナ国内で暗躍することで、たった16基ごときのハイマースを潰すことはできないのか?
「ハイマースの発射場所は分かっていても、そこにロシア軍は空軍機による空爆、ミサイル攻撃が出来ないのでしょうね。ロシア軍は緒戦で、ウクライナ国内へ多方面から侵略する外線作戦を行いましたが失敗。布陣を立て直しているうちにウクライナ軍は、多方向から攻撃に対処しなければならない苦しい内戦作戦でしたが、防空ミサイルと対機甲部隊防御陣地を確立しました。まだ戦争には勝つことはできませんが、負けない態勢を作ったのです。
南部にいまロシア空軍機を入れれば全機撃墜されるじゃないですか。だから、空軍の出番が無かった第一次世界大戦の地上砲兵戦となり、射程の長く機動力優れたハイマースの有利さが際立っています」
一体、ハイマースの何が際立っているのだろうか?
「ウクライナ南部のヘルソン辺りではまず、ロシア軍の弾薬・装備集積地を徹底的に正確に叩き、そこが補給路になっている場所に架かる橋に一車線だけ大きな穴を開けて、次々と使用不能にしました」
ヘルソンを占領しているロシア軍は補給路を失って孤立している。いよいよ周辺国から供与された戦車と装甲車両の機甲部隊の突入で解放、というシナリオも浮かぶ。
「私が司令官ならば、それはやらないです。敵には補給の手立てが無く、動けない訳です。だから、手元にあるだけのMLRS多連装ロケット砲からロケット弾、155mm榴弾砲から砲弾をそこめがけて昼夜撃ち込み続ければいい。退路が無い所にわざわざ出れば、噛まれるだけです。降伏を待って砲撃を続ければ、ウクライナ軍の損害を最小限にしながら、敵戦力を撃破することができます」
理に適った恐ろしい戦い方である。
「なので、その間にウクライナ南部・ザポリージャ州の南20kmあたりにハイマースを密かに移動させ、射程80kmでザポリージャの中心地であるメリトポリのロシア軍弾薬庫、装備集積場を狙い撃ちにします」
簡単にその場所は分かるのだろうか。
「ロシア軍は自軍の塹壕、野外の弾薬集積所を作る際にパワーショベル、ブルドーザーの建築機械を使っています。その重機のキャタピラ痕がどこに入ってどこに出たか、無人ドローンから見れば一目瞭然で見つけるのは簡単です。陸上自衛隊では防御の時は、キャタピラ痕やタイヤ痕を消せと厳しく指導します。円匙(えんぴ:シャベル)とほうきで確実に消していきます」
陸上自衛隊はその「証拠隠滅」を徹底しているが、ロシア軍はそれをやっていないため、ハイマースが狙いを定め、正確に着弾するのだ。
「メリトポリには打撃部隊をすぐに投入するでしょう」
「最低4~5個旅団は必要です。一気に攻撃してロシア軍戦力を潰します。その後にはその場所を解放し、土地の治安を安定させる戦力を置かなければいけませんが、ここに投入すべきが英国で新兵教育を受けた兵士ではないでしょうか」
ウクライナ軍の反撃は果たして、本当に始まっているのだろうか...?