今まで世界最大原潜だった米海軍オハイオ級弾道ミサイル原潜、全長184m 今まで世界最大原潜だった米海軍オハイオ級弾道ミサイル原潜、全長184m
7月31日に報じられたCNNの記事によると、全長171mを誇る米海軍オハイオ級原子力潜水艦(以下、「原潜」)が、全長184mのロシア海軍の原潜「ベルゴロド」に"世界最大の原潜"の座を引き渡したという。一体、このロシアの巨大原潜はどれだけの脅威をはらんでいるのだろうか? 海上自衛隊潜水艦「はやしお」艦長、第二潜水隊司令を歴任した元海将で、現在は金沢工業大学虎ノ門大学院教授の伊藤俊幸氏に話を聞いた。

ロシア海軍のヤーセン級原潜は、全長139m。新型原潜「ベルゴロド」の全長は184m ロシア海軍のヤーセン級原潜は、全長139m。新型原潜「ベルゴロド」の全長は184m

「ポイントは巨大原潜ではなく、搭載されるといわれる原子力推進の大型核魚雷『ポセイドン』の方でしょう。これは、ロシアのプーチン大統領が言い出したBMD(米国弾道ミサイル防衛網)の無力化セットの一つです。ポセイドン核魚雷は空中を飛ばないので、究極の対BMD兵器です。原子力推進で射程1万km。直径2m、長さ20mの魚雷で、小型バス並みの大きさとなります。これだけの距離を本当に自律航走できるならば、無人潜水機といってよいでしょう。」

公表されているポセイドン核魚雷の性能は、核弾頭が最大2メガトンで広島型原爆の130個分の威力。推進速度は60ノット、最大深度1,000mという。ただ、いま世界的に戦略核兵器を使用する障壁はもちろん高いのではないか。

米海軍潜水艦の運用する大型魚雷Mk48は直径0.533m、長さ5.79m。ロシア海軍のポセイドン核魚雷は直径2m、長さ20mで原子力推進 米海軍潜水艦の運用する大型魚雷Mk48は直径0.533m、長さ5.79m。ロシア海軍のポセイドン核魚雷は直径2m、長さ20mで原子力推進

「堂々と『戦術核は使う』と公言しているロシアですが、さすがにポセイドン規模の戦略核兵器は人口の密集する港湾部では使いにくいでしょう。ただし、広い海洋で米空母部隊が相手なら『軍事目標に対して使用した』と平気で言う可能性はあります。すでにロシアは破壊力の小さい核魚雷は持っていますから」

プーチン大統領は核兵器の使用をほのめかし、敵国への恫喝を繰り返す。ロシア軍も威力の大きな戦略核兵器に関しては、国家存亡をかけた最後の使用をイメージしているが、そこまで威力の大きくない戦術核兵器に関しては、普通の戦争で簡単に使おうとしている。ではどのタイミングでポセイドンを使うつもりなのだろうか?

「もし米露の核戦争が始まってしまったならば使うのでしょう。例えばバージニア州ノーフォークやハワイ州真珠湾にある米海軍基地内に密かに潜り込ませ、そこで核爆発させれば軍艦は全滅です。東京湾で想定するならば、横須賀米海軍第七艦隊基地も全部にアウトでしょう。その前に東京湾は普通の商船で一杯なので、そこに核爆発する可能性もゼロではありません。」

ゴジラ来襲よりも現実的で恐ろしいシミュレーションだ。

「洋上で作戦中の米空母艦隊の真下でポセイドンが核爆発すれば、その強烈な爆発力により米軍艦隊は全滅することになるでしょう」

では惨事を防ぐべく、このポセイドンを探知、捕捉することは可能なのだろうか?

「核魚雷の推進速度の60ノットとは時速約110km。高速道路を走っている車と同じ速度です。1万kmを潜航するのに90時間かかる。同じ距離を、マッハ20(時速約2万5,000㎞)の極超音速兵器は40分で飛来する。とするならばポセイドンを捜索できる時間は長い。水中兵器のウィークポイントはここです。

日本近海では海上自衛隊の対潜哨戒機『P3C』『P1』が米海軍と一緒に、ロシア、中国、北朝鮮の潜水艦をほぼ捕捉探知していますが、まずは潜水艦から発射される前に見つけることが重要です。一旦発射されるとポセイドンは潜水艦よりは小さく、無人機という点がやっかいです。」

ポセイドンはさらに、深度1,000mまで潜水可能である。

「潜水深度は、音波で探知することに関していえば、あまり関係ありません。海水の温度変化によって海中で音がどう曲がるか、これを把握することの方が重要なのです。

ポセイドンは原子力推進ですから、原子炉で蒸気を発生させ、タービンエンジンを駆動しスクリューを回します。しかし高速回転しすぎるとエネルギーの無駄が生じますから、魚雷内部でギアを複数使って回転数を下げる必要がでてくる。しかし大型潜水艦と違い、浮き甲板などの設置は困難ですから、どうしても雑音が大きくなる。探知は可能だと思いますね。」

水上艦艇から発射されるMk48魚雷。甲板にいる水兵と比べるとその大きさが分かる 水上艦艇から発射されるMk48魚雷。甲板にいる水兵と比べるとその大きさが分かる

では現実問題、ポセイドンを撃沈することは可能なのか?

「撃沈は可能ですが、人間魚雷ならぬ無人核魚雷だから、御しづらいと思います。有人艦ならばそれを沈めれば優秀な艦長がひとり消えた、となりますが、無人機は人が死なないから戦争の様相がガラッと変わる。その戦闘に携わる人間が優秀か否かは関係なくなります。ウクライナで"神風ドローン"といった無人機が脚光を浴びていますが、ポセイドンは、その水中版になる可能性がある上、殺傷能力が比較にならないほど大きいのです。」

ウクライナ戦争のゲームチェンジャーである無人機の影響が、海中にも及び始めているということ?

「もし艦長を必要としない無人潜水兵器が大量に作られ、戦域に拡散されるようになると、払っても払っても群がってくるコバエのようなものになり、従来型の有人の対潜兵器では対応が困難になります。だから、無人潜水兵器に対抗して、無人で探して攻撃できる無人水上艇や無人潜水艇を保有する必要があるのです。もちろんすでに米軍は研究しており、今は開発段階にあります。

いま、自民党を中心に日本の防衛費を更に5兆円増額することが議論され、野党やマスコミはその「財源」や「用途」について非難しています。しかし、世界の軍事兵器の現状に対応するためには、無人機のような新しい兵器、いわゆるゲームチェンジャーの研究開発にこそ本気で取り組む必要があり、毎年更に2兆円以上は投資すべきなのだと思います」

海に遊弋するロシア海軍ヤーセン級原潜。「ベルゴロド」がオホーツク海に配備されると、超大型核魚雷ポセイドンは6発装備される 海に遊弋するロシア海軍ヤーセン級原潜。「ベルゴロド」がオホーツク海に配備されると、超大型核魚雷ポセイドンは6発装備される

問うべきは防衛費の増額より、その使い方と中身なのだ。
 
巨大原潜「ベルゴルド」と、こちらに搭載すべく作られた核魚雷・ポセイドンはまだその運用に関して実験中かつ未配備。しかし、これが完成したらオホーツク海に配備されるのは、間違いない。