『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、日本が狙う次世代半導体開発に、急務は開発でなく、文教予算を増やし、基礎研究を充実させて科学技術力を回復させることだと指摘する。

(この記事は、8月22日発売の『週刊プレイボーイ36号』に掲載されたものです)

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7月29日、日米の外務・経済閣僚は「日米経済政策協議委員会」(経済版2プラス2)を開き、回路幅2ナノ(ナノ=10億分の1m)などの次世代半導体を共同開発すると発表した。

半導体の高性能化のためには、回路線幅を細くする〝微細化〟が不可欠。そのための競争は熾烈(しれつ)で、生き残ったのは台湾TSMCと、韓国サムスン電子の2社だけだ。

その2社が争うのが2ナノ級の量産化。アメリカは7ナノ止まり、日本に至っては20ナノ台の半導体すら作れず、10年以上前に競争から脱落している。もし、2ナノ級の最先端半導体を量産できるようになれば、日米はこれまでの遅れを一挙に挽回することになる。

だが、直近まで台韓の2社と争ったインテルを擁するアメリカならまだしも、微細化競争で10年のブランクがある日本が「2ナノ」製造に挑むのは明らかに背伸びしすぎの目標だ。

日本は、まず自らの足元をよく見るべきだ。文科省が8月に公表した「科学技術指標2022」によれば、ほかの論文に多く引用され、注目度のより高い論文を示す「TOP1%補正論文数」で、日本は世界10位。1998~00年が4位、08~10年が7位。日本の科学技術力は順位を下げ続けている。

世界最大の半導体学会のひとつ国際固体素子回路会議で22年に採択された半導体論文数でも、米国69件、韓国41件、中国30件、台湾15件に対して、日本はわずか7件しかない。

日本が次世代半導体開発を狙うのは、その実力から見て高望みと言われても仕方ない。このままでは、米インテルの2ナノ開発の下請け作業を日本の財政資金で行なうだけで終わるということになりかねない。日本にとって急務は2ナノの開発でなく、文教予算を増やし、基礎研究を充実させて科学技術力を回復させることではないか?

実は、日本にはもうひとつ大きな問題がある。マネジメントなどの経営力でも世界に大きく立ち遅れているということだ。

今春、私は今や世界一のファウンドリ企業となった台湾のTSMC関係者に「日本の半導体産業没落の原因は?」と聞いたことがある。その答えは「大企業経営者がダメ。第一に判断が遅く、第二にリスクを取れない。これでは国際競争に勝てない」と手厳しいものだった。

この発言を裏づけるデータがある。スイスのビジネススクール「IMD」が今年6月に発表した「2022世界ビジネス競争力ランキング」で、日本は前年からさらに3ランク落とし、63ヵ国中34位に沈んだ。

IMDの教授も務める一橋大学教授の一條和生氏によれば、日本のビジネスの効率性の順位は51位。その中でも「経営実務に関する評価」は最下位だった。機敏さ、意思決定におけるビッグデータと分析の活用、マネジャーの起業家精神などの5項目で最低評価となったからだ(日本経済新聞8月11日付「経済教室」)。

これは、前述のTSMC関係者の言葉と完全に一致している。日本は基礎的な科学技術力に加え、経団連の大企業経営者の能力を飛躍的に高めないと、もはや世界では戦えない国だと認めるべきなのだ。

岸田文雄政権が焦る気持ちはわかる。だが、2ナノ半導体の開発・量産という目標は、絶不調の打者に一発逆転満塁本塁打を狙わせるようなもの。空振りで終わるのは必至ではないか。

●古賀茂明(こが・しげあき) 
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中。最新刊『日本を壊した霞が関の弱い人たち 新・官僚の責任』(集英社)が発売中

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