核兵器と聞くと、射程一万数千キロを飛び、敵国の一つの都市を消滅させる大陸間弾道核ミサイルICBMを思い浮かべる。写真はロシアのICBM(大陸間弾道核ミサイル)・トーポリ。しかし、これは、戦略核兵器。核兵器には、もう一つ、戦場で使う威力の小さな戦術核兵器がある
ロシアがウクライナに軍事侵攻してからはや半年。長期戦を強いられるなか、プーチン大統領が核使用に踏み切るのでは?との推測もささやかれ始めている。

海上自衛隊潜水艦「はやしお」艦長や第二潜水隊司令を歴任した元海将で、現在は金沢工業大学虎ノ門大学院教授の伊藤俊幸氏は、先に配信した週プレNEWSの記事内で「ロシアは堂々と『戦術核は使う』と公言している」と語っていたが、果たしてロシアが本当に核に手を付ける可能性はあるのだろうか? 元米陸軍情報将校の飯柴智亮氏はこう語る。

「米国は戦術核を150発しか保有していないのに、ロシアは1800発。その数はロシアが所持している全核弾頭の3分の2です。その運用に関してはロシアに一日の長がありますし、使う可能性はもちろん否定できません。特に、今回のウクライナとの戦いのような限定戦争では、戦術核兵器は戦況の決め手となる兵器になります」

「戦術核は核砲弾、短距離ミサイル、核地雷、核魚雷、核爆雷、など多種多様に及びます。よって使い方は千差万別です」(元米陸軍情報将校・飯柴氏)。写真のTu-160爆撃機にもミサイル、爆弾として戦術核兵器を搭載可能

ではもし核を使うなら、どのようなケースで使うのだろうか?

「東の超大国・ソ連が弱いロシアになってからは、爆発威力がそれほど大きくない戦術核で相手を脅かし、戦争を抑止させる戦術に変わりました。ロシアがより爆発威力の大きな戦略核を使う時は、その戦争に第三国が絡みそうになった時か、もしくは自軍が劣勢の時だと予想されます」(伊藤元海将)

戦術核を搭載した核魚雷が、この空母艦隊の真下の海中で核爆発すれば、艦隊毎に撃沈可能

現状で想定される第三国とはNATO諸国(北大西洋条約機構)だ。米国防シンクタンクの海軍戦略アドバイザー・北村淳博士はこう話す。

「アメリカがNATOに配備されている核兵器によって、ロシアを牽制するような素振りを見せた場合には、戦術核(広島に落とされた原爆の3分の1の威力であるが、予測される被害は広島の7割以上といわれている)による威嚇を実施する可能性があります」

広島の悲劇がウクライナで再び起きてしまう?

「アメリカとNATOがウクライナでロシア軍を追い込み切れない理由はそこにあります」(伊藤元海将)

では、ロシア軍がより劣勢に追い込まれると、具体的にどの局面で核兵器使用を考えはじめるのだろうか。

「ゼレンスキー大統領は最近、クリミアを取り戻すと言い始めました。ロシアにとってそこは、黒海を経由して地中海に出る際の交通の要衝です。クリミアを押さえられるかどうかはロシアにとって死活問題であり、2014年のクリミア半島攻撃の際にも、プーチン大統領は核兵器を用意していました。

だから、ゼレンスキー大統領がクリミアにあまりにこだわるなら、ロシアが戦術核を使う可能性はあります。ただ、クリミアに死の灰を降らせると、自分たちも軍事拠点として使えなくなるので、人口の少ないウクライナの田舎で核を使用する可能性はあります」(伊藤元海将)

9K720イスカンデル短距離弾頭ミサイルを搭載した輸送起立発射機トラック。製造企業の社長は艦弾頭搭載能力が備わると明言。それは戦術核兵器の可能性が高い。射程500kmでウクライナの戦場で使用しやすい

この状況を米軍はどう見るのか。飯柴氏はこう語る。

「最初の一発は被害の少ない人里離れた原野で、威嚇目的で使用するのではないかと考えています。威力の小さな戦術核だとそれが可能です。ロシアがあくまで威嚇として、被害をあまり出さない使い方をすると、NATOも報復するのが難しくなります」(飯柴氏)

やはりNATO軍は、反撃に戦術核を使えないのか...。

「NATO軍は何も出来ないと思いますよ。ロシア領土に撃つと、本当に核戦争になりますから。今回の戦争は全て、ウクライナ領土内での戦闘に限った話ですから」(伊藤元海将)

ウクライナ機甲師団の戦車の下に戦術核の核地雷を仕掛ければ、一個旅団は簡単に蒸発する

NATO諸国の軍最高司令官は、その国の指導者であり政治家だ。

「西側諸国の政治家で、核を使う責任を負える方はいないのでないでしょうか? バイデン大統領を筆頭に腰抜けばかりです」(飯柴氏)

核で対抗できない西側諸国。それを尻目に、実はプーチン大統領が"もう一つの核兵器"を持っているというのだ。

「原発を事故らせ爆発させて、放射能を散布させる装置"ダーティボム"として使うかもしれません。こうなるとヨーロッパは他人事でなくなる。ただ、いまロシア軍の占領下にあるサポリージャ原発は、クリミア半島の付け根に位置するため、この地を利用したいロシアは攻撃しない。ウクライナ南部の南ウクライナ原発で何かやる可能性はあるでしょう」(伊藤元海将)

原発を核爆弾として使う。なんと恐ろしい戦略なのだろうか...。

「可能性は極めて低いですがもし決行するならば、北風が吹く冬でしょう。その時期なら放射能はロシアには来ず、南に拡散する可能性が高いです。もちろん、ロシアの身勝手な理論ですが」(飯柴氏)

戦術核兵器の使用に、原発爆弾。これだけでも十分におぞましい話だというのに、より実現性の高い核の使い方が考えられるという。

「シベリアの無人地帯での地上核爆発演習が、最も可能性の高い核使用です。この様な核爆発演習は、核戦略のプロにとっては深刻な出来事で、極めて強い威嚇となります。なぜなら、この演習が現実となると、アメリカとロシアにとっては1992年以降初めての核爆発となり、同時に1963年以降はじめて『大気圏内で爆発させた核兵器』となるからです」(北村博士)

かつて米ソは野戦砲に、戦術核弾頭付き砲弾を発射して、地上戦を有利にしようとしていた

ロシアの本気度を見せるには、最高の演習となるに違いない。

「おそらくプーチン本人はこの戦争に勝てないと思っている。だから、負けない戦争で終らそうと必死になってその手段を考えています」(伊藤元海将)

その手段に核兵器が使われない事を、強く祈る。