『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、日本の今後の運命を占う沖縄県知事選に注目する。
(この記事は、8月29日発売の『週刊プレイボーイ37号』に掲載されたものです)
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沖縄県知事選(8月25日告示・9月11日投開票)に注目している。この選挙は単に自治体首長を選ぶことにとどまらず、今後の日本の安全保障のあり方を左右する選挙になるからだ。
選挙は米軍基地の辺野古移設反対派が推す玉城デニー現知事のほか、辺野古移設を進めたい自民党が擁立する佐喜眞 淳(さきま・あつし)氏、保守系無所属の下地幹郎(しもじ・みきお)前衆院議員による三つどもえの争いとなっているが、気になるのは佐喜眞氏の言動である。
4年前の知事選で佐喜眞氏は辺野古移設への賛否を明らかにしなかった。県民の7割超が反対する辺野古移転が知事選の争点になれば、選挙に不利になると考えたからだ。
ところが、驚いたことに今回の知事選では佐喜眞氏は辺野古移設容認を明言している。自民党は佐喜眞氏が当選を勝ち取れば、辺野古移設は「沖縄の民意」だとして新基地建設を加速できると考え、ここで一気に勝負に出たということだ。
佐喜眞氏が辺野古移設を公約化した背景にあるのは、台湾有事=日本有事という認識の広がりだ。保守派はもちろんマスコミも、中国に台湾が侵攻されれば、沖縄も危ないと声高に叫んでいる。
これに乗せられて、中国リスクに備えて辺野古新基地の建設など、防衛力の抜本的強化が必要だという認識が沖縄でも急速に広がっている。だからこそ、佐喜眞陣営も辺野古移設の容認を打ち出しても得票に影響しないと判断したのだろう。
反戦意識の高い沖縄でそうなのだから、日本全体となるとこうした安全保障上の認識の変化はさらに大きい。
その象徴が防衛費の増額だ。これまで日本は防衛費を対GDP比1%以内に抑えてきたが、中国の軍事力強化やロシアによるウクライナ侵略などを受け、5年以内に対GDP比2%に増額することが政府の既定方針となった。
それでも満足できないのか、与党内から「本当に国を守るために積み上げていったら、2%どころでは足りない」(萩生田光一自民政調会長)と、さらなる増額要求も上がるほどだ。
また、8月上旬に自民党の国会議員らが参加した民間シンクタンクによる台湾有事シミュレーションでは、米軍が台湾周辺海域に到着していない段階で自衛隊が早期出動できないのは問題だ、などと驚くような議論もなされた。
そのほかにも対ロ戦に備えて北海道中心に備蓄される弾薬の南方シフト、敵基地攻撃できる長射程巡航ミサイルの1000発以上保有案など、戦争を実行するための方法論ばかりが盛り上がっている。
その一方で、台湾有事を防ぐためにどんな外交政策、対中・対米交渉を行なうかという戦争回避のための冷静な論議はほとんど行なわれていない。外交も軍事も目的は戦争をしないことである。
しかし、昨今の風潮を見ると、戦争は不可避だとの前提で軍備増強論だけがひとり歩きしている。行き着く先は人が大量に死ぬ本物の戦争だ。
沖縄県知事選で自民党勝利となれば、軍拡派は勢いづき、年末の防衛関連の戦略3文書(国家安保戦略・防衛計画大綱・中期防衛力整備計画)改訂で、敵基地攻撃能力保有と防衛費増額の大方針が書き込まれ、日本の軍拡モードに歯止めはなくなる。
再び戦争への道に踏み込むのか、平和主義の誓いを守るのか。沖縄県知事選は日本の今後の運命を占う選挙になるだろう。
●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中。最新刊『日本を壊した霞が関の弱い人たち 新・官僚の責任』(集英社)が発売中