地上展示のスロバキア空軍・複座型ミグ29。航空祭は盛り上がり、隣国で凄まじい戦争している雰囲気は微塵も無く、皆、楽しんでいた 地上展示のスロバキア空軍・複座型ミグ29。航空祭は盛り上がり、隣国で凄まじい戦争している雰囲気は微塵も無く、皆、楽しんでいた
フォトジャーナリストの柿谷哲也氏は8月下旬、ロシアと戦闘中のウクライナの隣国・スロバキアのマラツキ空軍基地にて年に一回開催される、「スロバキア・インターナショナルエアフェスト2022」の取材にあたっていた。NATO(北大西洋条約機構)に加盟する各国よりさまざまな戦闘機やヘリが集い、ロシアに対しNATOの存在感を示していた。そんな最中、柿谷氏は会場にてとんでもない噂を耳にしたのだという。

「報道では、スロバキア空軍が12機保有するミグ29が運用停止になり、防空に関してはNATO同盟国のポーランドとチェコが担当する、との事でした。ただ、エアフェストの会場で聞いた話によれば、9月に米国から技術者が入り、運用停止のミグ29に米国製の対レーダーミサイル・HARMを搭載し、ウクライナ人パイロットがこれに乗ってウクライナに乗って帰るとのことでした」

本来は西側の戦闘機からしか発射できないHARMミサイルを、ウクライナは奇策を用いてミグ29から撃てるようにした 本来は西側の戦闘機からしか発射できないHARMミサイルを、ウクライナは奇策を用いてミグ29から撃てるようにした

複座F4ファントム戦闘機を運用当時の航空自衛隊那覇基地302飛行隊隊長を務めた杉山政樹元空将補はこう話す。

「このHARMミサイルとはAGM88の型番で知られ、自機に向かってくるレーダーの周波数を感知することでどの程度の脅威かを判断し、そのターゲットに対して撃ちこみます。敵の防空網を制圧すべく、このHARMミサイルはウクライナによる反撃開始の一番槍となるでしょう。ロシア軍は目を塞がれ、空軍力が使えなくなり、ウクライナ地上軍が楽に進撃可能となります。もし、スロバキアから複座型ミグ29が4機入り、そこにステルス機が搭載するような最新型のHARMミサイルまで搭載可能となれば、ロシア軍に攻勢を掛ける陣容が整います。ロシア軍にとったらそれは邪魔でしかないのです」

複座型ミグ29改修型4機がウクライナに最初に送られると凄まじい戦力になる 複座型ミグ29改修型4機がウクライナに最初に送られると凄まじい戦力になる

ただそれは、スロバキアの局地的な噂にすぎないのではないだろうか?

「いえ、違います。話の流れが見事すぎるんですよ。8月上旬にウクライナ空軍が、80年代に製造された旧型のBタイプのHARMミサイルをミグ29から撃った。すると、8月17日に米国がHARMミサイルを供与すると発表し、8月30日にはにウクライナ空軍がミグ29から撃っている動画が出た。そして9月1日にはスロバキアから完璧に調整したミグ29が来る、と言うきれいすぎる話の流れになっています」

米国から技術者が来て改修すれば、単座型ミグ29でもHARMが撃てるようになるらしい 米国から技術者が来て改修すれば、単座型ミグ29でもHARMが撃てるようになるらしい

すでに米国が絡んだ大きな話になっているようだ。HARMミサイルによる攻撃の精度をあげるべく"データ戦"も繰り広げられている。

「公開された動画を見ると、市販のPADとGPS受信機で、ドローンの映像を活用してミサイルを発射していると推測されます。ミサイルと機体とをどこまでマッチングさせ、データのやり取りをコンピューティングしているかは疑問ですが。

HARMミサイル発射時に、レーダーの波長と正確な位置を特定し、ミサイルがどこのレーダーに向かっていくのかをGPSデータを使ってミサイル自体に覚え込ますのが一番面倒です。ロシア軍がミサイル発射を探知してレーダー波を切っても、まだGPSデータは残っているので最後まで位置を掴み、そこに向かって飛んで行きます。今後スロバキアで、コンピューティングまで含めて改修していくならば、その精度が上がります」

スロバキアのミグ29部隊では記念グッズが飛ぶように売れていた スロバキアのミグ29部隊では記念グッズが飛ぶように売れていた

それはロシア軍にとって脅威の改修となるが、問題はスロバキアからウクライナへ無事にHARMミサイルを持ち込めるかどうかだ。

「国境までNATOが護衛して、ウクライナ領空からは自国の戦闘機で護衛して運ぶのではないかと、エアフェスト集まっていた方たちは噂していました」(柿谷氏)

スロバキアで買ったウクライナ応援Tシャツを着用して、オーストリアに飛来した中国空軍Y20輸送機の前で意味深い撮影をする柿谷氏 スロバキアで買ったウクライナ応援Tシャツを着用して、オーストリアに飛来した中国空軍Y20輸送機の前で意味深い撮影をする柿谷氏

スロバキア空軍基地でNATOショップに行くと、『スロバキアはウクライナ側に立つ』と記されたバッチを渡されて、「帽子に付けるようにと」言われた柿谷氏 スロバキア空軍基地でNATOショップに行くと、『スロバキアはウクライナ側に立つ』と記されたバッチを渡されて、「帽子に付けるようにと」言われた柿谷氏

さらにその先で、ロシア空軍機は襲って来ないだろうか。

「クリミア半島の最前線の航空基地が無くなったロシア軍は、空軍力を使えません。ですので、仮にウクライナ西部にロシア空軍Su35が来ても、ウクライナには地対空ミサイルS300があるのでバスバスと撃たれます」(杉山元空将補)

すると4機の改修済み複座型ミグ29は無事、ウクライナに到着する。

「米国から技術者が来れば、複座にこだわる事なく、単座のミグ29でもHARMミサイルは発射できると思います。昔、米海軍が使っていた単座A7コルセアⅡ艦上攻撃機には、2発のHARMミサイルが搭載されていました。単座ミグ29からHARMミサイルを撃てるようになれば、一機に2発搭載して、計12機24発の発射が可能。これはロシア軍にとっては凄まじい脅威です。ロシア軍には移動式対空レーダーもありますが、48発の対レーダーミサイルを撃ち込まれたらお手上げです」(柿谷氏)

スロバキアに1年後、米国からF16Vが来るまで、防空は写真のポーランド空軍F16とチェコ空軍が担当する。三カ国ともNATOに加盟している スロバキアに1年後、米国からF16Vが来るまで、防空は写真のポーランド空軍F16とチェコ空軍が担当する。三カ国ともNATOに加盟している

ただ、杉山氏は一つ懸念を抱いているという。

「ウクライナがロシアを追い詰めるのは間違いない。ミグ29にHARMミサイルを搭載して、ロシア軍に対して防空網完全制圧能力が整った、と"脅し"だけで終われればいい。だけど、HARMミサイルを本当に使ってしまうことで、冬までに戦争を終わらそうとするのでしょうか...」

追い詰められたロシアが、戦術核兵器を使う可能性もあるなか、ウクライナ空軍のミグ29とHARMミサイルが、戦争の雌雄を決するかもしれない。