ロシア軍は圧倒的な大量の砲弾で砲撃し、ウクライナ軍を圧倒しようとした 。写真は2A65 Msta-B 152㎜りゅう弾砲  写真:ロシア国防省
9月6日の米ニューヨークタイムズの報道によると、ロシア軍が北朝鮮から砲弾とロケット弾を合わせて数百万発購入しようとしている可能性に、米当局が言及したという。これは一体どう言う事なのか。元・陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長の二見龍・元陸将補に解説していただいた。

「今回の戦争の方程式から言うと、侵攻した軍事大国・ロシアは、他国から兵站・武器支援を受けることはないという枠組みがありました。しかし、ウクライナ軍(以下、ウ軍)は現在、北部での大反撃作戦が成功しているので、この動きにロシア軍がその枠組みを取り払い、戦争をエスカレートさせる可能性があります。  

そのため、方程式が少し変わります。北からの兵站支援を容認しながら、戦争の激化を抑えていくというバランスを加えた方程式になります」

砲撃するには砲弾がいる。それがいま、ロシア軍内で枯渇し、北朝鮮から買おうとしている。Msta-B榴弾砲はウクライナも使用する 写真:ウクライナ国防省

ロシア軍が購入すると予想されるのは152mm、122mm砲弾と122mmロケット弾で、その数は推定で数百万個。ロシア軍はウクライナ侵攻からこの半年間で約700万発の砲弾ロケット弾をすでに撃っていて、1ヶ月換算だと約116万発、1日だと約4万発となり、予備砲門も枯渇しつつあるという。

ロシア軍砲兵部隊の砲弾備蓄量は最大2000万発で、砲弾発射数のピークは一日2万発 だったのが、今は一日1万発に減っている。この数にはロケット弾は含まれていない。

「ロシア軍はウ軍が長射程の火器を持っていないと見ていたので、補給用の砲弾などを野外に積んで保管していたのです。その南部、北部の弾薬庫を、米軍から供与されたハイマース(高機動ロケット砲システム)によって全て潰されました。

ですので、ロシア軍は備蓄がほぼ無くなりました。ずっと戦おうとするならば、少なくとも6か月後程度までの兵站の準備を考えないといけません。いま、北朝鮮から砲弾を買えば、冬の東部戦線では雪が降り、戦車によって平地が全部走れますから、強烈な火力打撃を実施できる状況となります。弾薬の供給は喉から手が出るほど欲しいはずです」

砲弾だけではない。ロシア軍お得意のBN21からのロケット砲弾も大量に消費し不足しているらしい 写真:柿谷哲也

厳冬期は大砲と戦車の数が多い方が勝つ重戦力戦になる。ロシア軍の兵站を重さ(トン数)で説明するならば、ロシア軍は一個師団で兵站1日2000トン、うち砲弾が1800トン。ロシア軍の総兵力を15万人とすると、一日に兵站3万トン、ひと月で90万トンが必要。砲弾薬だけで一日2万7000トンで、ひと月87万トン必要となってくる。

「そうなると、北朝鮮からロシア経由でウクライナに1か月ずつ継続的に送る"砲弾サプライチェーン"を作り上げる必要があります」

北朝鮮に現状、どの位の砲弾の在庫があるのか粗く推定してみよう。北朝鮮は対韓国用として、砲弾備蓄60%は残す。数百万発を2回、ロシアに売れるとすると、ロシアは一回で約3か月分を手に入れて、半年の持ち弾薬量になる。

ロシア軍の半年分は、ひと月97万トンなので、6ヶ月で522万トン。その量が北の40%とすると、北朝鮮の弾薬備蓄量はざっくりとした推定で1305万トンとなる。

「すると、ロシア軍は減った備蓄弾薬量を回復でき、自国の弾薬生産量が一定だと仮定するならば、戦闘をずっと継続できることとなります」

ロシア軍は万々歳だが、今度は韓国が危機に瀕する戦争の方程式が生じる。

「今回、ロシアに砲弾を売ることで手にする大金で、北朝鮮はガス抜きとして国民にサービスを少しは施すと思いますが、大半は最新の軍事力整備に注ぎ込むでしょう。

北朝鮮は今回のハイマース、M777榴弾砲の射撃で、精密誘導弾、精密誘導ロケット弾の威力を目の当たりにしました。衛星、無人偵察機で目標を選定し、精確に撃ち込むターゲティング技術を見たのです。北はこの系統の兵器開発に邁進すると思います。

そうすると、備蓄している旧式の砲弾やロケット弾は必要なくなります。そのいらなくなった砲弾やロケット弾をロシアが大金を払って全部、引き取ってくれます。砲弾、ロケット弾を自国で爆破処理しなくて済んだのは、北朝鮮にすると僥倖です」

北朝鮮はウクライナの戦争で、ハイマースの威力を目の当たりにしたはずだ 写真:柿谷哲也

武器を大量に売って儲けているのは、米国だけで無くなる。精密誘導の弾道ミサイルを短期で開発した北朝鮮にすれば、北朝鮮版ハイマース、M777榴弾砲の開発は可能だろう。今後、北朝鮮はロシアから得た金で、各種無人偵察機を中国から買い、精密誘導には中国のGPS、北斗衛星導航系統の技術を使えばいい。

「北緯38度線から韓国の首都・ソウルまでわずか80キロです。北朝鮮製の精密誘導兵器があれば、確実に命中することができます。韓国は首都が38度線に近過ぎるというのが最大の弱点になってきてしまうのです」

北朝鮮製の精密誘導砲弾が近未来に作られる可能性もある。 写真:柿谷哲也

北朝鮮は先日、核の先制攻撃が可能になる法律を自国内で整備した。北のハイマースが完成すれば、核兵器で脅しつつ、精密誘導兵器を使った戦争も可能になる。逆にロシア軍は現在、保有する戦術核で脅せる状況にありつつも、精密誘導兵器が無いためにウ軍の反撃を受けている。北朝鮮は近い未来に、どちらの兵器も手にする可能性がある。

ロシアの弱体化が予想される裏で、実は北朝鮮が強くなっていく予兆が浮かび上がってきたのである。