ウクライナ戦争で明らかにロシア軍が不利になっている。元・陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長の二見龍元陸将補はこの状況を受けて、現状から推測される危惧をこのように解き明かす。
「ロシアの影響力が低下すると、いたる所で領土を巡る"ユーラシア戦争"と呼んでもよいような紛争が多発するかもしれません」
ただ、それはすでに始まっている。黒海を挟んだトルコの東側に位置する、アゼルバイジャンとアルメニア間での争いだ。2020年にナゴルノカラバフ自治州を巡り、無人機を使った最初の本格的な紛争が勃発。この時は最後にロシア軍が間に入り、停戦に持ち込んだ。
しかし、去る9月13日には、互いに相手から攻撃されたとして戦争が再開。9月19日にはアルメニアでは207名の死者行方不明者、アゼルバイジャンでは軍に80名の戦死者があったと発表。さらには9月末にも、アルメニアが「アゼルバイジャンから攻撃があり兵士3名が戦死した」と発表している。
国際政治アナリストの菅原出氏は、この紛争に関してこう解説する。
「中央アジアの国々には、昔から国境紛争などの問題もいろいろとあり、ロシアが主導したCSTO(集団安全保障条約機構)にはアルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギスタン、ロシア、タジキスタンの6か国が参加しています。これは加盟国のうちどこかがやられたら、他の加盟国が軍を派遣して助けるという軍事同盟です。
しかし今回、アルメニアが攻撃され、ロシアに助けを求めましたが、いっこうに助けに来ない。いまロシアにそのような余裕がないなか、非加盟国のトルコが『調整してやろうか?』と首を突っ込んできています。
トルコはウクライナ・NATO(北大西洋条約機構)諸国とロシアに対して、常に両陣営に顔が利くような形でコミットし、いろいろな商売に繋げています。簡単に言えば、ウクライナに武器を売りながら、ロシアから武器を買っているのです。
その関係性とポジションを利用しながら、ロシアとウクライナの両国を仲介し、穀物の輸出に関して取りまとめ、世界的な評価を得ています」(菅原氏)
一方でトルコの南側、シリアを挟んだイラク北部のクルド人自治区では、日本では大々的には報じられていない「戦争」が発生している。
去る9月28日にイラン革命防衛隊が、計73発の弾道ミサイルと数十機の自爆ドローンをクルド人自治区へと撃ち込んだ。このうち1機の自爆ドローン「Mojer-6」が、クルド人自治区にあるエルビル空港近くの駐留米軍基地を攻撃すると判断した米中央軍は、米空軍F-15戦闘機で迎撃し、空対空ミサイルで撃墜したのだ。
「この攻撃で米国人1名を含む13名が死亡。58名以上が負傷したとの報道があります。イランはこれまでも、イラク北部のクルド人反イラン武装勢力の拠点に対する攻撃を繰り返してきましたが、今回の攻撃はこれまでのものをはるかに上回る大規模なものです」(菅原氏)
この攻撃の発端はすでに報じられているように、クルド人女性がスカーフのかぶり方が適切ではないと風紀警察に拘束された直後に急死した事件に関して、怒った民衆がイラン国内で全国的に拡大させた反政府デモにある。
「このデモはそう簡単に鎮圧出来ませんから、イラン政府はまずネットを封鎖しました。しかし、米国がイランでのネット通信をサポート、イーロン・マスクも衛星インターネットアクセスサービス『スターリンク』をイラン国内で使える様にして、それを米国政府が側面支援すると発表。こうした露骨な干渉にイラン政府が怒り、先の攻撃となりました」(菅原氏)
アメリカはウクライナと同じく、武器供与をしない形での支援をイランの反政府組織に対して開始したのだ。
"ユーラシア戦争"は終わらない。その舞台は中央アジアのキルギスとタジキスタンだ。9月14日に治安当局間で戦闘が発生し9月17日まで続いた。キルギスでは59人、タジキスタンでは41人が戦死したという。
「ここは昔から、国境が確定していません。9月14日から16日に中国共産党の習近平主席がカザフスタン、ウズベキスタンを訪れ、キルギスとウズベキスタンに鉄道を建設し、ロシアを通過しないで欧州に出るルートをつくる、と発言しました。
これは、プーチン大統領が強い時だとさすがに明言できないと思いますが、今このタイミングで仕掛けてくる中国はさすがに抜け目がないです。キルギスの大統領は『この合意に関しては、事前にロシアの承諾は取ってない』と発言していましたから。ロシアはこの辺りではもう、脅威ではないんですよ」(菅原氏)
「国のパワーを落とした途端に、すかさず仕掛けて奪っていくのが中国です。このウクライナ戦争の戦況により世界のパワーバランスがさらに変わり、水面下では大変なパワーゲームが起き始めている。かつてのアメリカ・ソ連の超大国がなくなったのち、米国一国の覇権体制も衰退。そして今、"地域大国"のような存在が勢力を拡大するスペースができ始めてきた。トルコ、サウジアラビア、カタール、イスラエルは、そのゾーンでうまく立ち回っているのです。
もはや米国は"ユーラシア"を全くコントロールできず、中国をはじめ、誰も世界を完全にコントロールできる存在などいない。ますます制御不能な不安定な世界になりつつあるのです」(菅原氏)